恋愛日和 いつの日か巡り会うその日まで

振り返るとドアにもたれ軽く腕を組む
姿の彼に何故だか背を向けてしまう


「‥き‥聞いてません……それどころか
 今…‥凄い混乱してます。」


『でもさ、もうアパート解約されてるし
 帰る場所はないんでしょ?
 ここに住めばいいから。』


えっ!?解約までされてるの!?
お兄ちゃんほんとにやりすぎだよ‥‥‥


何かもう色々が一気に起こりすぎて頭がパニック状態だ。はいそうですかって
簡単に受け入れられないよ‥‥。


泣くつもりなんてないのに、勝手に溢れてきた涙を見られたくなくて慌てて手の甲で拭う


「あ……やだな、何かすいません…
 仕事が嫌とかじゃなくて……その
 突然過ぎて‥ついていけな‥‥ヒック」


もう最悪だ‥‥‥


あの日から好きで好きで仕方ない思いを胸にしまいしっかりと鍵をかけておいたのに、予告もなくそこを開かされてしまい不安が溢れて止まらないのだ。


『ごめん‥‥。でも他の人探すつもり
 ないし、ここに居てくれないか?』


ドキン


いつの間にか目の前まで来て座り込んだ彼が私の頭を撫でた手に、過去に引き戻されそうになり、やっぱり涙を流すしかなかった


落ち着くまで私の側で何も言わずに待ってくれたけど、その優しさが余計にツラくて顔をなかなかあげられなかった。



「グスッ‥すみませ‥…」

『別にいい。驚かせて悪かった。
 それより自己紹介がまだだっな……』


自己紹介……か。
そんなことするって事は私のことを
やっぱり忘れてるんだね。
それだけでも少しだけ心が軽くなる。



立ち上がった彼に部屋を出て着いていけば、そこはもう一度訪れた彼の仕事部屋だった


『これを書いてるのが俺』


そう言い一冊の本を手渡された。



「………瀬木 遙?(せぎ はるか)」


『ん、そう。それが仕事用の名前。
 これからアシスタントするなら
 出版社とかからこの名前宛に
 電話や郵便が来るから覚えて。』



瀬木‥遙‥‥。
本当に先輩は作家なんだね‥‥。


北海道に引っ越してからお金に余裕がなくて、なかなか本も買えなくて図書館にある古い本ばかりが私の楽しみだった。


こっちに戻って来てからも、お兄ちゃんに迷惑かけたくないし、自立する為に
バイトばかりしてたから、瀬木さんの事を知らなかった事が悔やまれる。



「あ‥‥M大二年の立花 日和です。」


『ん‥‥。櫂さんから聞いてるよ。
 一応だけど俺の本名は‥尾田 隼人。
 慣れて欲しいからここでは
 瀬木の方で。』


「はい……分かりました。」


先輩‥‥。
私ね、先輩の名前知ってるよ?


初めて私の名前を呼んでもらえた時は
苗字が矢野だったから気付かないのは当たり前だよね‥。