月夜side
レイと出会ったのは7年前。あいつが10歳で俺が11の時。
家に植えられていた桜の木下で無表情に花びら一枚咲いていない木を眺めていたレイ。雪が降り寒い気温の中、外にいたレイは儚げだった。
倉庫を出ると、雨がすっかり夜を占領していた。
街灯の下で濡れたアスファルトが光り、車のタイヤが水を跳ねるたび、細かな飛沫が舞う。
吐く息も白く、夜気は骨に染みるほど冷たい。
俺と葵は並んで黒塗りのセダンに乗り込む。
葵「兄貴は、あの女のどこが好きなんだよ」
運転席の組員は無言のまま、前を見たまま目だけがわずかにこちらに向く。
「……笑。お前はいつまでレイを憎むつもりなんだ?」
葵「……元から嫌いだよ、あんなやつ」
葵の声は硬いが、わずかに震えていた。
強がっているのはわかっていた。
「そうか?昔は仲良かったじゃねぇか」
葵「いつの話だよ」
葵は不思議そうに窓の外をにらみ、額にかかった前髪を乱暴にかけあげた。
会ったばかりの頃の二人はお互い干渉しない分、一緒にいることが多かった。会話だって普通にしていた。
「お前だって、本当はレイのこと大事なんだろ」
葵がこちらを振り向き、目を細めた。
その瞳の奥には、怒りだけじゃない、別の感情が滲んでいる。
葵「……ふざけてんのか」
「大事だから、辛いんだろ。憎めないから」
その言葉に、葵は一瞬だけ視線を逸らし、唇を噛んだ。
葵がレイに冷たく当たるようになったのは、あの出来事の後だ。
レイはそれを責めることもなく、怒ることもなく、葵の理不尽な怒りを受け入れている。
「レイが何も悪くないこと、お前は分かってるはずだ。認めたくねーだけで」
葵「……」
「認めたら、怒りをどこにぶつければいいか分からないんだよ。お前は」
それを分かっているから、レイはその怒りをただ受け入れている。葵のことを思って。
フロントガラスを打つ雨の音が、ふと昔の記憶を呼び覚ます。
レイと初めて会ったのは七年前。
レイが10歳で、俺が11歳の時。
あの日も、寒い日だった。
庭の桜の木の下で、レイは無表情のまま立っていた。
枝には花ひとつなく、冷たい風にさらされていた。
小雨が降っている中、傘もささずに木を無表情で眺めていたレイ。
濡れるから中に入ればと声をかけた俺に、
“雨は好きだから”
と桜の木から目を離さずに言ったレイの横顔は儚げで、綺麗だと思った。
ーーあの日のレイの顔は今でも鮮明に覚えている。
あの日からだ。俺にとって、レイは特別な存在で守ってあげたいと思ったのは。
初恋であり、最初で最後の恋だと今でも思う。
レイが俺に恋愛感情を向けることはないだろう。
それでもいい。
レイが、傷つかずに生きてさえいてくれれば。
あの日、ほんの一瞬だけ見せた笑顔を、浮かべてくれれば。
信号が赤に変わり、車がゆっくりと止まる。
雨脚が少し強まり、フロントガラスに無数の筋を描く。
俺は窓の外の暗い夜空を見上げ、心の奥でそっと願った。
ーーレイが雨に濡れていないといいが。
きっと、レイは昔と同じように雨を受け入れているだろう。
それでも、その方があまりにも濡れていないことを祈った。
