「……嫌いだよ」
その一言に、潮風が止まったように感じた。
遠くで波が崩れる音だけが、かすかに響いている。
翼「それでも、時雨が好きなのか?あいつが生きてる世界も、あの連中と変わらないだろ」
言葉より先に、翼の瞳が語っていた。
――『お前まで、消えるな』。
翼もまた、“あちら側”を嫌っている人間。
感情的になるつもりも、理解してもらうつもりもない。
「……好きだよ」
その瞬間、風がひときわ強く吹いた。
目を閉じても消えない、痛いほどの現実。
この感情だけは、どうしても消せなかった。
資格がないと分かっていても、心が追いつかない。
時雨の声を、手を、温もりを――求めてしまう。
時雨のそばにいるときだけ、私は“私”でいられる気がした。
それだけのことなのに、手放したくないと思ってしまう。
欲なんて抱いてはいけないのに。
「大丈夫だよ。……翼が心配しなくても」
翼「どういう意味だ?」
――私は、誰かと一緒に生きていくつもりはない。
“私”として、これからを歩く気もない。
「結衣みたいにはならないし、私は私を終わらせられない」
翼「……お前は悪くない、なんて言っておきながら。結局、俺たちがお前を苦しめてるな」
哀しそうに私の頭を撫でる翼の行為は他の誰かに向けられているようで。
「翼は、私と似てる」
小さく呟く。
悲しいくらい、似ているんだ。
誰かを守れなかった痛みを抱えて、
それでも生きることをやめられない。
