「で、用件は?」
気怠げな声になるのは、単純に眠いだけじゃない。
今朝見たーー妙な夢のせいで目覚めが最悪だった。
記憶のない女の人が、目の前で命を絶った。
私は、それをただ黙って見ていただけ。助けもしなければ、叫びもしなかった。感情のない人形のようにただ、佇んでいた。
夢だったのか、それともーー“忘れている”現実なのか。
わからない。だって、私には10歳までの記憶が一切ないのだから。
記憶喪失。便利な言葉だ。使えば皆納得するけど、その裏にある空白は、いつだって私を苛む。
『この間頼んだやつ、今夜必要になった。持ってきてくれ』
ポケットからUSBを取り出す。スマホと一緒に入れていた、手のひらサイズの証拠品。
中には、榊組というそこそこ大きい組織の内部データがぎっしり詰まっている。
「これ使って、榊を潰すの?」
『まぁ、そうなるだろうな』
あっけらかんと笑うその声の主ーー月夜は、朝倉組の若頭。18にして極道というのは、父親が組長だからだ。血筋というやつ。
私は、情報屋している。
瀬那さんーー朝倉組の組長から仕事を請けている。殺し以外の仕事なら、大抵のことは引き受けてきた。
「で、どこに持っていけばいいの」
『方丈倉庫に頼むわ』
「ふざけてるの?」
あそこには、今東海高校の連中がいる。もちろん、彼もいるだろう。
『ふざけてはねぇけど・・・とりあえず頼んだぞ」
通話が切れ、耳に残った電子音が夜気のの冷たさをいっそう強調した。
