甘南「今から迎えにくるって。……来るまで一緒にいてくれる?」
ほんの少し、視線が不安げに揺れている。
「帰ろうかと思ったけど……しょうがないか」
置いていくのも気が引ける。
このまま一人残して帰れるほど、薄情な人間でもない。
甘南「この間は、ごめんね」
「・・・・」
待っている間、口直しにコーヒーを飲んでいると甘南は徐にそう口にした。
黙ったままカップを置き、軽く眉をひそめる私に、甘南は続ける。
甘南「私、無神経だったと思う。レイちゃんのこと考えずに……自分が謝りたかったから」
あの時のことを指しているのだと分かった。
胸の奥で小さくため息をつき、静かに言葉を返した。
「この間も言ったけど、別に謝ることでもない。気にしてないから」
甘南はほっとしたように息を吐きかけたが、すぐにためらうように視線を落とした。
甘南「……憎いと、思ったことはない?」
その言葉に、私はカップの取っ手を無意識に握りしめた。
少しだけ視線を逸らし、淡々と答える。
「……私には、何もないから」
その声は、自分でも驚くほど乾いていた。
記憶のない私には、何もないのと同じ。
名前も過去も、全ては空白の上に作られた仮初のもの。
“私”という存在そのものが、本当はどこにもない。
ーー存在しては、いけない。
甘南はその答えに、何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わず、二人の間に静かな沈黙が落ちた。
コーヒーの香りがゆっくりと冷めていく。
数分ほど経った頃、
外から低く唸るようなエンジン音がいくつも近づいてくるのが聞こえた。
窓の外を覗くと、街灯の下に数台のバイクのヘッドライトが並んで見えた。
