(あぁぁぁ、癒されるよ、マイホーム……ではないけど。ありがとう、私の部屋)
部屋くらい、自分の好きにしたい。
借り物だとはいえ、賃貸で許される範囲内精一杯で最高のパーソナルスペースにしたいと思って張り切ったのがこれほど幸いするとは。
ほんと、笑っちゃうくらい可愛くて愛しい。
それがいつもより自嘲気味になってしまいそうで、誰も見ていないのに慌てて首を振った。
ううん、こういう時ほど、自分は以外と自分のすべてを見てしまっているのだと痛感する。
会社ではシンプルというより地味な格好をしてるけど、本当はレースもフリルもピンクも白も好きだ。
TPOというものはあるけど、そこまで自分の好みを消す必要はないことも分かっている。
でも、できない。
そして私は、シンプルな黒もわりと好きなのだ。
(何の話だ)
めちゃくちゃだと自分に突っ込んでも、どこか冷めているのは、案外それが言い得て妙だと自分ではしっくりきているからだと思う。
訳分からない、でも、真実。
正反対のものを抱えているのに、そのどれもが本物すぎて自分で自分という存在がよく分からなくなる。
長い髪も可愛いし憧れるけど、ショートの自分が心地よくて抗えない。
だから、何だと言うんだろう。
別に、何も悪いことなんかしてない。
第一、ショートヘアでも可愛いくて色っぽくて、綺麗な人はたくさんいる。
『あー、楽』
楽でいることは、何かが不足しているのかな。
満たされない自分への慰めなのかな。
それも悪くなんてないのに、このいけないことをしている罪悪感は、どうしたら消えるのだろう。
そもそも、このモヤモヤの主成分は何なんだろうか。
・・・
(しまった……)
衝撃的な出来事のせいで脳が疲れていたのか、いつの間にか寝落ちして、しかも二度寝には遅い時間になっていた。
「……っくしゅ」
しかも、ここ数日の暑さが嘘みたいに、今朝は冷えている。
やばい、風邪引いたかなという発想を打ち消して仕方なく支度をする。
熱を測りたい気に駆られたけど、こういう時は大抵熱なんてない。
どうせ行かなきゃいけないのなら、無になって準備してしまった方がいい。
ただでさえ、億劫だ。
アイドル的存在の偽装彼女だなんて、考えただけで怠い。
つまり、思考を放棄したもの勝ち。
「……っ、ゔっ、痛ぁ……」
気合いを入れてローテーブルから身体を起こし、一気に立ち上がろうとしたところ、背中や腰の痛みに驚いて足の小指までテーブルの脚にぶつけてしまった。
(……嫌な予感がする……)
振動で机に置いていたもの全部が落ち、今日は日が良くないのではと思い始めてきた。
馬鹿馬鹿しい。
ただ、ちょっと寝落ちして風邪引いて、小さなテーブルに突っ伏してたから背中と腰を傷めて、痺れたから上手く歩けず人類共通の急所をぶつけて痛かったけど、誰もいないから笑ってくれる人もいないだけだ。
以上。
第一、これ以上事態が悪くなりようがないではないか。
社内で人気のアイドル犬が、私の前でだけ着ぐるみを勝手に脱ぎ捨てる。
適当に流せばいいのにそれもできなくて、これまでの人生で最悪に迷惑でめんどくさい。
これ以上大変なことは、私の平凡な人生でもう起こるはずない。
…………に、決まっている。



