「さーてと。今日から、堂々と一緒に帰れるね」
「……堂々も何も、一回も一緒に帰ったことな」
「照れないの。バレちゃったものは、もうどうしようもないでしょ。なら、堂々としてた方が得」
(……私には一切得なんてないんですけど……!! )
就業後、ちゃっかり私の上着とバッグを拉致し、ニコニコして桐野 亜貴は私の席までやって来た。
「 (いいのかなー。このうえ写真まで見られたら、もーっと恥ずかしいことになるけど) 」
耳元でこっそり囁かれて、バッグを引ったくる。
「ん。帰ろっか」
照れてる彼女が愛しくて堪らないという笑み。
(……誰か、この目ちゃんと見て)
この人、全然笑ってないから。
「で? この後どうする? 」
「……桐野くんがすること、説明以外にないでしょ。……いや、やっぱり、いいや。帰る」
何が悲しくて、就業後も付き合わなくちゃいけないの。
「ああ。依花ちゃんの部屋でお話しする? そうだよね、結局あの後も、他人の目がすごすぎてゆっくり話せなかったし」
「……もう誰も聞いてないよ。そういう演技、要らない」
家まで着いて来られるとか絶対に嫌だし、そもそも桐野 亜貴にそんなつもりあるのだろうか。
「えー、どうせなら仲良くしとこうとは思いません? どうせ俺たち、しばらくは一緒にいないといけないんですよ。それなら、ギスギスするより楽しんだ方がいいのに」
「偽装恋愛なんて、どう楽しめばいいのよ。好きでもない人に、よく時間割く気になるよね」
「先輩はまた、そんなこと言って。好きだから頼んでるんじゃないですか。俺だって、興味もないのに彼女代行なんて頼みませんよ。言ったでしょう? 女嫌いだけど、恋愛対象は女性なんです」
(だーかーら……!! )
「それを喜んで引き受けてくれる人、他にたくさんいるでしょ!? なんで、そのギスギスしてまで私なわけ……」
「先輩が、一番めんどくさくなさそ……楽しそうだからです」
(……それで、言い換えたつもり……)
わざとだろう、ほぼ言い終わってからにっこりと訂正されて吐き気がする。
「それも言ったじゃないですか。引き受けてもらった後、本気になるような奴じゃ困る。そもそも、職場でのんびりしたくていい人装ってたら、そういう女が増えてきて困ってるから偽装が必要になったって話だし。勘違いされたら、本末転倒でしょ」
「……万が一にもないけど、私が本気になるとは思わない? 」
「万が一にもないならいいじゃないですか。それに、それはそれで面白いかな、とも思ってて。俺にこんなに冷たい先輩が、俺の前で女性になったらどんなかなって、ちょっと興味あって」
「……ならないから」
(……なるもんか、絶対に)
いや、そんなこと決意しなくたって、100%あり得ないけど。
「じゃあ、何も問題ないですね。少しだけ、俺に付き合ってください。自分だけ頼み事聞いて不公平だって言うんなら、先輩も俺のこと利用していいですよ」
「桐野くんに頼みたいことなんて、何もないよ。データ消して、早く終わらせて」
「そうですか? たとえば、佐野さんとか。気づいてるんでしょう? 先輩のことチラチラ見てるって。俺が牽制してるおかげで、来れないみたいですけど。それとも、まさか両想いだったりします? 」
「……勘違いでしょ」
確かに気になってたし、実は何度か誘われたこともある。
ごはんくらい特に断る理由もなかったけど、何となく行けなかった。
「そうかなー。ま、どっちでもいいです。でも、しばらくは我慢してくださいね。二股なんて言われたら嫌でしょう? 」
自惚れじゃなければ、まだ視線は感じる。
本当に失礼な話だけど、何も行動を起こすことなく誘われなくなるのは楽だ。
それでも、こんな契約や偽装なんて。
「あれ、揺れてます? やった。その方が絶対いいですよ。お互いにね」
(……絶っっ対、揺れてないから……!! )
――これからも、絶対にあり得ない。



