そんな甘い声に、騙されるもんか。
可愛い顔をキッと睨み上げ、頬に触れようとした手を払い除ける。
「なんでそうまでして、偽装したいのよ。さっきの子に頼めば? 」
「そんなことできるわけないじゃないですか。第一、ああいうの嫌いなんです。いくら偽装とはいえ、疲れるでしょう。偽装じゃ済まなくなるの、目に見えてるし」
「だから、本当に付き合えば……」
「……無理だって」
強い口調で遮られて、抗う間もなく肩がビクンと跳ねた。
「……嫌いなんだよ、女なんて」
てっきり、強がっているのを揶揄されると思ったのに、目を丸めて驚いたように私を見て――なぜか、むこうに逸らされてしまった。
「私も女なんですけど」
「知ってますよ。だから、先輩を選んだんです。ちなみに、俺の恋愛対象は女性です」
「意味分からないよ。私でいいなら他の誰だっていいし、寧ろ好意持ってくれる方がいいじゃない。っていうか、脅しまでして嫌がってる私に来なくても……っ」
手首を握られて、今度は堪えきれずに悲鳴が漏れた。
それがあまりに小さすぎたのが余計に悔しくて、せめて睨むことだけはやめまいと思ったのに。
「……ごめんなさい」
「……え……」
(どうして、そこで謝るの……)
そこで謝れる人が、脅迫なんてするとは思えない。
当然だけど、頭の中で何を思うと大抵の人間は思い留まれるからだ。
「……俺、」
あっという声すら発する間もなかった。
今までと違って真剣な顔で何かを言いかけたから、続きを聞こうとするのに集中しすぎていたのかもしれない。
「……っ」
二人で息を呑んだのと、ドアが開いたのはほぼ同時だった。
「……あーあ、やっちゃった。ごめん、依花ちゃん」
会議室に乗り込んだ集団の最前列は無言。
最後尾に近づくにつれ、「えー、まじ? 」「本当だったんだ」、「でも、まさかこんなところで……」等々、声は大きくなっていく。
「……な……」
(〜〜っ、なにが、依花ちゃんだ……!! )
そして、なにこれ。
掴んでいた手を一旦離して、いつの間にキュッと恋人繋ぎしてみたの。
「はいはーい。資料並べる暇なかったんで、各自座る前に一部取ってくださいね。あと、未遂だったので、あんまり大騒ぎしないでくれると助かります。俺はまあいいんだけど、彼女は恥ずかしがり屋さんなので」
「だ……から、何を……」
台本でも用意しておいたのかと問いたくなるほど、よくもまあ次から次へと嘘が出てくるものだ。
「で、俺はもう秘密にするの辛くなってきちゃったと。ま、そういうことなんで、何か言いたいことあるなら全部俺にどうぞ。間違っても彼女に悪口言ったり嫌がらせしたりしないでくださいね。俺、黙ってないんで」
(〜〜勝手に、彼氏モードになるな……!! )
「ごめんってば。でも、もう隠せないし。最後までしなかったってことで、許して。……っと、ほら、さすがに会議始まる」
そう言ってくるりと私の両肩をデスクの方へ押し出し、耳元に唇を寄せた。
「……流出、しないで済んでよかったね? 画像より強烈だったかもしれないけど。データ、残ってるからね。変なこと考えないでくださいね」
「〜〜っ」
満足げに私から手を離し、何食わぬ顔で自分も資料を一部取って席へと向かう。
(……絶対、このままにしておかないから……! )
――このままで済ませたりしない。絶対。



