Secret mode〜後輩くんの見てはいけないトコロを見てしまいました〜










大きな決断だった。
間違いなく人生の転機で、名残惜しさや不安がないと言ったら嘘になる。
だって、この会社に入社して、ひとつ夢を叶えたことに変わりはない。
それに、何より。


「荷物、これで全部? 」

「うん。忙しいのに、わざわざありがとう」


一足先に本社へ向かった亜貴くんは、多忙を極めているのに私の最終出勤日に迎えに来てくれた。


「ううん。荷物あるなら、車の方が楽だし。依花さんの転機に立ち会いたいから」


亜貴くんがいなくなってしばらく、いろいろ言われる頻度は増えたし、程度も酷かった。
「シンデレラストーリー説」も膨らんで、寿退社なんてなかなかの古い単語もちらほら飛んできたけど、敢えて否定はしなかった。
その理由はいくつかあって、

1. 同棲を始めたことには違いないこと
2. 亜貴くんのおかげで美雪さんと縁があったこと
3. おかげで毎日大変でも、充実してると思えること
4. 幸せを否定しない方が、ある意味仕返しになっていそうなこと

……などなど。


(……王子様に出逢った運は、否定できないもんね)


「……疲れた? 何か買って帰ろうか。それか、気分転換にどこか寄る? 」


ビルを外から見上げて耽っていると、心配そうに声を掛けてくれた。
それでも、気持ちの整理をつける時間、少し待ってくれてたんだと思う。
いざこざすべてを、いちいち亜貴くんに伝えてはないけど、絶対にバレてるし。


「ううん。せっかく亜貴くんが早く帰ってきてくれたんだし、家でのんびりしたい。観たい映画もあるし」

「最近、時間取れなかったもんね。兄貴が鬼なんだよ。少しは、弟を優遇してくれてもいいのに」


そうは思ってない顔がおかしくて、持ってくれていた荷物を受け取ると、空いた手を繋ぐ。


「今度、依花さんの退職祝いするって張り切ってるし、今日は二人きりでいちゃいちゃしよ。あー、同棲了承してくれてよかった。これで別々に住んでたら、もっと会えてないもんね。これ以上、いちゃつけないなんて無理」

「……お、大袈裟」


車のトランクに荷物を置いて、さりげなく助手席のドアを開けたままそんなことを言われて、どっちにも照れてしまう。


「あ、ひどい。もっと寂しがってよ。年下わんこ彼氏は、寂しいと死んじゃうんだよ。……ま、そうなる前に、拗ねて狼になるかもしれないけど……? 」

「……っ、路上で変身しないで……! 」


嘘っぽい「あはは」を聞きながら、車に乗り込もうと背を向けた瞬間腰を抱かれた。


「……俺はあなたに救われたんだよ。本当にありがとう」

「……私こそ」


あの後、「試しに」という美雪さんの言葉に甘えて、私の発案にどんな反応があるのかやってみた。
美雪さんのアカウントで発信したことが大きかったけど、それでも好意的な意見が多くてすごく嬉しかった。
同じように困ってる人、悲しんでる人、諦めてる人がたくさんいることが分かって、ものすごく心強い。

他人には言えないこと、言いたくないこと。
店員さんにだって、相談しづらいことなど。
私が特殊なんだと思っていたことが、実は「ある」だと知って、ほっとしたという人もいて泣きそうになった。
もしも幸運にも私一人で美雪さんみたいな人に出会う機会があったとしても、亜貴くんがいなかったら思い切れなかっただろう。


「……ねぇ、亜貴くん」

「ん? 」


もう少し、このまま。
今から、私、ものすごく恥ずかしいこと言うから。


「自分へのご褒美に、バスボム買っておいたんだ。……つまり、その。今日、一緒に使いたい……」

「…………路上で変身させようとしてるの、依花さんの方じゃない? まったく、もう……でも、もちろん。了解」


後ろから頬と耳の間にキスをして、「ほら。変身する前に、早く乗って」と囁くという、甘い意地悪をされて思う。


(……お風呂の中で、呼び捨てで呼んでやる……)


めちゃくちゃ恥ずかしいに決まってるけど、それでわんこだと言い張る彼氏が、どう変身するのか――ちょっと楽しみだ。






【おわり】