素顔も素肌も晒せる日がまた来るなんて、思ってもなかった。
受け入れられる自信も、自分が受け入れる勇気もなく、勇気を出して見せてみようと思えるほどの愛情も、あれからの私には持てなかった。
「……っ、依花さん」
急ぐのを躊躇うように呼ぶ亜貴くんは、ベッドにいる時は特に、相変わらず私の腕にはあまり触れてこない。
「……さん、いらない」
優しさからだと知ってはいても、やっぱり寂しい。
大丈夫だからと拗ねたように誘うと、今度は亜貴くんが不満そうに唸る。
「抱く時は我慢してるんだよ。間違っても痛い思いはさせたくないし、させない。そう決めてるのに、何それ。俺だって、くんはいらないよ」
そっちこそ、何それ。
そんな可愛い文句、ある?
「……亜貴……」
「……っ。ひど……」
耳元で吐息とともに文句を言われ、仕返しとばかりにそのまま甘く噛まれた。
「……好き。ありがと……」
実質、亜貴くんと出逢って好きになって、こうして愛されるようになったことを除いて、何も変わってない。
腕がスムーズに動くようになったのでもないし、可愛い下着を身に着けるのにも未だに苦労する。
痛くなくても痛い気がするし、手が背中に届かなくて悲しくもなる。
「亜貴くんと付き合えて……こうなれてよかった」
できないと思った。
先に進めないと思った。
きっと、また途中で止めることになると。
「……依花」
初めてそう呼ばれたのと、涙が頰を伝っていったのは、どちらが先だったんだろう。
何にしても零れ落ちたのは瞼に口づけられてからで、頬まで滑るのが分かっていたかのような指先に塞き止められ、亜貴くんの肌に優しく吸収されていった。
それが、とても幸せなことだと思った。
かなり切なくてほろ苦いけれど、だからこそ甘い、極上の幸せ。
「……あ……」
二の腕に、印。
「経験してきたことや、負った傷痕は消えないかもしれない。これ以上、頑張りすぎたり、無理に治すこともないと思う。依花さんはずっと努力してきて、打ち克ってきた。本当は無視して楽してもよかったのに、痛いの乗り越えてきたんだから。でも、少なくとも俺が触れることではね」
――痛いも苦しいもないよ。
「俺が依花さんにするのは、あなたが心地いいことだけでありたい。反応見てるつもりだけど、違ったらすぐ教えて。初めてじゃなくても、このことじゃなくてもね」
「……そんな見られたら恥ずかしい……。それに、その。……ずっと気を張ってるの、辛くない……? 」
笑い声は聞こえたけど、片手で目を覆うから表情が読み取れない。
「辛いよ。どうしても好きが先走りそうになって、抑え込むのに必死な時はある。……でも、俺がそうしたいんだ。その時の依花さんの反応見るのは、もっと好きだから」
最後、きっとわざと恥ずかしい表現をして、私の主張を受け流した亜貴くんは、言ったとおり優しく甘く、時折ちょっと意地悪をして――私を幸せで満たしてくれた。
・・・
それから少し、熱が引くのを待って。
「もう俺を放置するの? それも、姉さんのインスタとか見ちゃって」
嘘っぽく拗ねながら、そうは言ってもまだ腕のなかにいる私にそっとキスしてくれた。
「うん。いや、放置してない。じゃなくて……敏感肌か……コットンいいよね」
「あ、ごまかした。ま、勧めたの俺だし、まだ離すつもりないから、いいですけど? ……デイリーにも、特別にも、だって。そういうコンセプト含め、合うかなって思ったんだ」
確かに、綿パンって言うと普段用って感じするもんね。
合成繊維だと被れちゃう人もいるだろうから、こういうラインあると嬉しいだろうな。
「本当だ。わ……可愛い」
普通に写真見ての感想だったけど、この状況だと彼氏と下着選んでるみたいで慌てて閉じると、クスッと笑って今度はこめかみにキスが落とされる。
「気になるなら、連絡取ってみたら喜ぶよ。もちろん、合意できることとできないことはあるに決まってるから、無理はしないで」
「ありがとう。……亜貴くん」
素肌同士触れ合っているだけで安心するし、キュンともするし……こんなにドキドキもする。
どれを求めるか、全部なのかは人それぞれで、更に時と場合と気分にもよる。
でも、自分が幸せな気分になれるものを選んでいきたい。
そして、誰かの選択肢が増える手助けができたらいいな。
「……髪、伸ばそうかな」
何かを言いかけて上手く言語化できず、そっと毛先を指に絡め取られてそんな言葉になった。
「いいんじゃない? 」
「そんな、どうでもいい感出さなくても」
もちろん自由だし、勝手に決められるのは嫌だけど、それはそれで何となく不満なのだから、我ながら面倒だ。
「違うって。どうでもいいんじゃなくて、どっちでもいい」
「……どういう違い? 」
ダメだ。
これじゃ、亜貴くんがわんこ王子を止めた、あの場面みたい。
「依花さんの髪が短かろうが長かろうが、俺は好き。だから、自分の好みと気分で決めたらいいよ、ってこと」
(……ああ、好きだな)
ほんの数分前、心の中で決意したことを、彼はもっと優しく言ってくれるから。
「……うん」
大丈夫。
どの髪型でも、部屋や服の雰囲気が変わっても、私は私。
亜貴くんの指先は、きっとどちらにしてもこうやって優しく梳いて、私の髪を弄るのだろう。



