翌日、都合よく「今日は一緒にいたい」と言う私に、亜貴くんはいつもどおりにふわっと笑って「ありがと」って言ってくれた。
ごめんもありがとうも言わないといけないのは私の方なのに、その笑顔を見てどちらも言えなかった。
「依花さんの部屋、久しぶりだね」
「亜貴くんのとこの方が、快適だから」
懐かしむようにどこかをぼんやり見つめて、見すぎたかもしれないと慌てて視線を逸らす仕草すら、何だか悪い方に考えてしまう。
「俺は、ここ好きだよ。初めて来た時、知らない依花さんを見ちゃった気がして申し訳ない気持ちと……やっぱり嬉しかったから」
「全然イメージと違ったよね」
別に、会社で使う文房具や膝掛けなんかも可愛いものを選んでいいのに。
職場は私にとって、素の自分でいてはいけないところだった――ううん。
「……うん。でも、それを眠ってる依花さんを見ながら感じられたのは、嬉しかったんだ」
私が勝手に周りは敵だらけだと思い込んで、自分の好みを隠すことで武装したつもりになっていただけ。
「……ごめんね。私、本社へは行かない」
「うん。知ってた」
亜貴くんがこっちを向いてくれたタイミングで、できるだけはっきりと言うつもりだったのに、やっぱり語尾が掠れてしまう。
「たぶん、迷ってくれる依花さんが見たかっただけなんだ。狡い愛情確認なんかしてごめん」
「……一緒に行くって言えない自分が嫌だったよ」
ふと笑い声に満たない音がして、そっと抱きしめられた。
恐る恐る見上げると、優しく髪を掻き上げられ、額に唇が触れる。
「でも、そういう依花さんが好きだ。……今後のことって考えてるの? 今の部署にいることも迷ってるみたいだったけど」
「正直に言うと、もしかしたら会社自体辞めるかもしれない。そんな気持ちで、着いていくなんて言えないから」
「……そっか」
何だか、別れ話みたいで嫌だ。
でも、自分から断っておいて、どう引き留めていいのか分からない。
心臓が嫌な音を立てているのに、どうにか正気を保っているのは、亜貴くんが抱きしめていてくれるから。
「じゃあさ、一緒に暮らさない? 」
「……………へ? 」
気が狂いそうになるのを抑えるのに必死で、聞き取ることができなかった。
ううん、正確には、今までの話の内容とは関係ないどころか、真逆のものだったから反応できない。
「今すぐじゃなくていいよ。もちろん、早く承諾してくれたら、一番嬉しいけど。でも、その誘い自体は嫌じゃない……? それとも、本社異動と同じくらい、依花さんにとってあり得ないこと……? 」
「……そ、そんなことない! その、本社の件だって、亜貴くんが一緒がいいって思ってくれたことは嬉しかったよ。それに、同棲は、だって……全然違うし、私だって亜貴くんと一緒にいれるのは嬉しい……」
今度はわりとちゃんと笑われて、憮然としている私の頰を亜貴くんの手が包む。
「よかった。でも、依花さんのやりたいことにも、ちょっとは関われたらいいな。せっかく、同じ会社で出会ったんだし。それもだめ……? 」
「だ、ダメじゃないってば。亜貴くんの意見参考になるし、聞いてくれて嬉しかった」
好きな人が話を聞いてくれて、理解してくれるのが嬉しい。
期待してしまうのも、そう言ってくれるのも亜貴くんだけ。
恋人なだけじゃなく、一番の理解者になってくれる。
――そんなの、あなただけ。



