緊張と躊躇い。
それでもはっきり口にしてくれたのに、最後敬語に戻った亜貴くんに、私はどんな顔をしたのか。
即答できなかったのは仕方ないにしても、誘ってくれたことに対しては喜べたはずなのに。
くしゃっと笑った亜貴くんを見て、気づく。
私は明らかに、困惑の表情を浮かべていたのだと。
(……最低だ。彼女の反応じゃなかった)
狙ったように亜貴くんが残業になったのは、偶然かな。
ううん、そこは疑わないにしても、家で待ち合わせしなかったのは二人の気持ちを反映した結果だ。
「……はぁ」
一人で帰るのは久しぶりだな。
明日は、一緒に帰れるだろうか。
(一晩考えて、少なくとも明日時点での気持ちは伝えられるようにしよう)
固い決意のわりに、ふらふらと歩いていると、駅の辺りで見覚えのある姿に遭遇した。
「依花ちゃん? 」
「美雪さん……」
こうして見ると、やっぱり少し亜貴くんに似てるのかも。
うん。皐さんより、亜貴くんに似てる。
「何かあった……? やっぱり、さっちゃんに嫌がらせされたんでしょ。ごめんね。あいつ、あっくんに対して過保護すぎるんだよね」
「ち、違うんです。これはその……自分のせいで」
美雪さんに会うのは、まだ二度目だ。
それなのにすぐ気づかれるなんて、余程酷い顔してるんだな。
ショッピングモールで元彼に会った時は、怒り心頭でも平然と歩いて帰ったはずなのに。
「……ねぇ、この後暇? よかったら、ごはん付き合ってくれない? ちょうど、何だか一人でいたくないなって思ってたとこだったんだ」
優しい嘘。
こんな美人で社交的な人が、私の他に付き合ってくれる相手がいないわけない。
確かに、この前はめちゃくちゃな人だと思ったけど、こういうところも亜貴くんみたいだ。
(……ベタ惚れは、私の方だ)
何を考えても、すぐに思考が彼に行き着く。
そして、あの優しい笑顔がここにないことを思い出して、こんなことでも涙目になる。
――突き放したのも同然なのは、私なのに。
・・・
「いやいや、それは仕方ないよ。だって、依花ちゃん、何かやりたいことがあるんでしょ? この前言ってた、プロジェクトってやつ」
「あ……。あれは、亜貴くんが気を遣ってそんな言い方をしてくれただけで、実は個人的な目標なんです」
おしゃれなお店で豪快に呑む美雪さんを見てると、何だかサラッと打ち明けてしまった。
「え、すごい。それは、悩むよね。一緒に来て、か。あっくん、本当に依花ちゃんのこと好きなんだね。でも、それは……ちょっと狡いかな」
「まさか、誘われるとは思ってなくて。亜貴くんがそこまで言うなんて、すごく悩んでのことだったと思うのに。きっと、酷い反応しちゃって」
「ううん。そりゃ、傷ついたかもしれないけど、そんなの亜貴が強制できることじゃないし。依花ちゃんへの気持ちを再確認できたと思うよ。だって、そこで有頂天になってホイホイ着いてっちゃうような子、亜貴は求めてない。それは、本人が痛いほど分かってることだと思うから」
そうかもしれない。
でも、もうちょっと違う対応ができたらよかった。
「それにね、覚えてる? 私に相談しなって言ったの、あっくんだし。あれもね、既に依花ちゃんのやりたいことは別だって、理解してるからだよ」
「え……? 」
そういえばあの時、性格が合うならとも言ってた。
それって、ただの相談って意味じゃなくて。
「私のやりたいことも、依花ちゃんと似てる。だから、独立したの。こんな時になんだけど、今度詳しく話だけでもしてみない? 」
そう言って、美雪さんは各SNSが載った名刺をテーブルに置いた。
「何か違ったら、遠慮なく言ってくれていいから。あと、あっくんと一緒に本社行く時もね。どの選択も全然悪くない。たとえ、まったくの異業種に転職したって、あっくんとの関係は別物だよ。続くにしても終わるにしても、それが原因にはならない。亜貴は、そんな男じゃないから」
「……はい」
そうだよね。
望んだ反応じゃなかったとしても、亜貴くんは怒ったりしない。
だからこそ、もっと傷つけない方法を取りたかった。
(とにかく、会ったらちゃんと伝える)
「ほらほら、食べて呑んで。で? あっくんはどんな感じ? 」
そこからは、私たちの普段の感じと、私の知らない家族のなかでの亜貴くんの様子、合間に皐さんのこととかを楽しく話した。
『やりたいことがあるんでしょ? 』
――ある。
だから本当は、もう決まってたんだ。
ただ、それでも迷ってしまうくらい、亜貴くんのことが大好きなだけ。



