亜貴くんがキュッと抱いていてくれてよかった。
そうじゃなかったら、降ってくる不躾な視線を浴びて、噛みつくように立ち上がっていただろう。
「……俺はさ。確かに、もう誰も好きになることはないって思ってた。兄貴が用意してくれたものを拾って、楽に生きてくんだって。たぶん、それを利用できた俺は、欠陥品なんだろうね。大事なものが欠けてるって言われたら、そのとおりだ」
「……っ、違……! 」
聞こえてた。
あんな酷い言葉が、亜貴くんの耳に入ってた。
「でも、この人はダメだ」
否定しようと暴れる私を、もっとギュッと抱いて。
「この人だけは……依花さんは、俺のものだ。あげないし、奪うことは許さない。たとえ彼女が兄貴を選んだとしても、諦めて手離したりしない」
はっきりと宣言してくれて、涙で視界が滲む。
「選ばないって、何度言ったら分かるの。私、この人嫌い……」
「そう言わないで。前も言ったけど、兄貴はいい人だよ。弟思いの方向がおかしいだけ」
そう言いながら、嬉しそうに笑う亜貴くんの顔を見上げれば、不本意ながら涙が止まらなくなった。
「なんで笑うの。怒りなよ。酷いこと言われたのに。されたのに……。信じられない。会社クビになってもいいから、殴っとくんだった。今殴る……」
亜貴くんがますます笑って、私の泣き声も大きくなって。
「だって、可愛いんだもん。こんなに愛されて幸せなのに、俺が怒るとこないでしょう」
せっかく涙を拭われても、すぐに溢れてしまうから。
申し訳なくて俯けば、顔を隠すように胸に抱き寄せられた。
「俺の、なんて。勝手なこと言ったのにね。許してくれてありがとう」
亜貴くんは、私よりもずっと大人だ。
それが悲しくて、彼氏の実家だというのに泣き続けて。
「今幸せな気分だから、俺は怒ってないよ。……でも、次泣かせたら許さない」
「泣かせたのは俺じゃなく、お前だろ。……付け入る隙はないみたいだな」
どうして、またそんなことを言うの。
もう我慢ならずに立ち上がろうとするのを、亜貴くんの優しい腕に阻まれる。
「本気で羨ましいんだ。俺も、そんなふうに愛されたことはないからな」
「思うところはあるけど、分かるよ。だからって、彼女はダメだ。諦めて」
本気だとはとても思えないけど、この兄は諦めるなんてこと初めてなのかもしれない。
それも、弟である亜貴くんにあって、自分は手にできない何か。
少なくともこの瞬間は、それが私なのだと思うと、殴りかかるのは止めて再び亜貴くんの胸に擦り寄る。
「よしよし。大丈夫だから、落ち着いて。依花さんが怒ったり悲しむことは何もないんだよ。だって、依花さんのおかげで、俺は兄貴を羨むことも妬むことも二度とないんだから」
「……私にとっては、最初からそんな要素ない」
「えー。依花さんも、最初は俺を毛嫌いしてたじゃない」
うっと詰まる私に吹き出す亜貴くんを見上げると、これ以上ないほど愛しそうに見つめられて、ますます何も言えなくなる。
「それは、俺が仮面を被ってたから。素の自分を好きになってくれるなんて、思ってもなかった」
「本当に素か。そうは見えないけどな」
「そりゃもちろん、溺愛彼氏モードにはなってるよ。でも、別に演じてるわけじゃなくて、勝手にこうなる」
(そうだったのか……)
まあ、私だって、亜貴くんの前で完全に素かと言うと嘘になる。
無意識に可愛こぶってる自分に気づいて、びっくりするどころか軽く引く時もある。
「俺をずーっと好きでいてほしい。それだけだよ」
――兄の罠を踏み潰して一蹴したら、わんこ彼氏が激甘王子様モードに移行した模様。



