今まで抱きしめられたなかで一番、彼の腕で生まれた空間が寂しいと思った。
「……本当に、俺との為に店にいたの? 」
「あ、えーと……。本当に最初は視察だったんだけど」
「だろうね」
ガクッと項垂れるふりをして、そっと唇が重なる。
「で、でも。見てるうちに、やっぱりこういうのも可愛いなって。着られたらいいなって思ううちに……その。いつの間にか買ってた」
「辛くなかった? 」
労るように髪を梳かれて、確信する。
この切なさは、幸せから生じたものだ。
だって、包まれているのにできた空間は、亜貴くんの気遣いや優しさから作られたものだから。
「楽しかったよ。今はまだ、ちょっと複雑だけど……いつか、もっと単純に楽しめるところになればいいなって思った」
「なるよ。依花さんだけじゃなく、どこかにいる他の人にも」
「うん」
上手くいかないかもしれない。
さっきので分かったと思うけど、私はこれまで最後まで続けられたことがなかった。
「萎えた」とはっきり言われたこともあったし、ふんわりと「やめとこうか」と言われたこともある。
悲しいだけじゃなく、どうして分かってくれないのかと、一緒に続けてくれるほどの愛情はないんだと呆れたりムカついたりもした。
でも、今思えば、私もどこかで中断を望んでた気がする。
「……亜貴く……」
「依花さん」
亜貴くんは違う。
私はきっと、続けてほしくなる。
私に言われてしまえば、半強制的になってしまいそうで言葉を探したけど、綺麗なものは何も見つからない。
とりあえず伝えなくちゃと名前を呼んだけど、逆に呼ばれて遮られてしまった。
「一回だけ、聞かせて。……本当に、無理してない? それは、依花さんの希望……? 」
「不安はあるよ。亜貴くんがそんな人じゃないことは分かってても、やっぱり怖さもある。でも、それ以上に亜貴くんと進みたい」
「分かった。でもね、依花さん」
――途中で止めても、俺たちの関係が停滞するわけじゃないよ。
「それは、忘れないでね。あと俺、幸せすぎて頭馬鹿になってるから、その時はちゃんと合図して。気づかなかったなんて、俺は絶対言わないから」
「……ん……」
ああ、私はこの人が好きなんだ。
好きだからしたいと思ったけど、今のでもっと好きになってしまった。
止めてもいいと言ってくれる亜貴くんに対して、私は絶対止めたくないなと再認識した。
気持ちとは逆に、どうしても出来ないかもしれない。
結果、亜貴くんを傷つけるかもしれない。
それでも私の気持ちは、きっと「したい」のままだろう。
「……私、それくらい、桐野 亜貴のことが好き……」
こんな時までフルネームで呼ばれて、笑ったのか呆れて言葉にならずに、何か音だけ漏れたのか。
「……理性って、切れるか弾けるか、そんな音するんだね」
「……し、しないと思うけど」
思わず喉仏を見上げてしまって、こちらへ落ちてくる視線とぶつかると、今度こそ亜貴くんはやや苛ついたように声を低くした。
「したの。プチッかパチッみたいなのが耳の奥で。……俺だって、好きだよ。兄貴以外の男に嫉妬したのは初めてで、頭ぐちゃぐちゃのところにそんな可愛いこと言われて、されて。正直苛つくくらい、依花さんのことが好きだ」
それでも、少し後悔したみたいに耳元に寄せられた「愛してる」は、この上なく甘く優しかった。



