「……依花? 」
精算する間に、少し熱が引いてほっと一息吐いた時、今の今まですっかり忘れていた声に呼び止められた。
「やっぱり。どうしたの、こんなところで……って」
お店から出たばかり、背後のガラス越しにはセクシーなマネキンが立っている。
「……買い物」
聞かなくても分かるだろうことを、わざわざ言う彼は。
「そりゃそうだよな。実はこの前、男と歩いてるの見かけてさ。ってことはやっぱり、彼氏できたんだ」
――あの、初めての元彼。
「うん」
男性と街を歩いていたことと、彼氏ができたことと、下着を買いに来たことは全部直接関係ない。
(……好き、だったんだよな……あの時は)
別れ方から既に引いていて、未練なんて何も残らないほど、私は冷めた。
でも、もしもいつか再会したら、もっと普通に友達として話せるかなと思っていたのに。
今ので、可能性はゼロだと判明してしまった。
「そっか。安心したよ。あのことが原因で、もう恋愛できないんじゃないかって心配だったから。……でも、大丈夫か? 上手くいってる……んだよな? 」
含みのある言葉の切り方に、カチンとくる。
「上手くいってるよ。ちゃんと幸せ」
「ならいいんだ。ほら、相手、若くてイケメンだったから。初めてだった彼女が遊ばれてたら腹立つし。何かあったら言って」
(……は? )
一言一句ムカついて、どれから怒っていいのか分からない。
「年下で格好いいけどあれは彼氏で、大事にしてくれてるよ」
「うん。なら、いいんだって。ごめん、そんなつもりじゃなくて。初めてって特別なんだよ。心も身体も傷つけたし、幸せになってほしくて」
落ち着け。
ここは人で溢れる、公共の場だ。
大声で話す内容じゃない。
小さな子ども連れもいるんだから。
おまけに、色っぽいマネキンが後ろで見ているという恥ずかしい状況。
「もしも、だよ。もし、泣かされたら……」
「泣くようなこと彼はしないし、あなたに頼るようなことは起きないし」
落ち、着け。私……!!
「何より、あなたは私の “初めて” になってない。私のどこも傷ついてないから、何も心配しないで」
(……落ち着けなかった……。やってしまった)
でも、一瞬きょとんとした後、言われた意味をやっと理解して屈辱に歪む顔を見て、かなりスッキリした。
理由はひどいけど、未遂だったのだ。
もう囚われなくていいし、囚われている場合じゃない。
もちろん悲しかったし、辛かった。
腕の可動域には今も悩んでるし、過去からあんなことを消せるなら消し去りたい。
だとしても。
いつまでも、私の心に棲んでほしくない。
完全に忘れることは無理でも、思うようにいかなくてその都度思い出したとしても。
(そう来るなら、何度だって追い払う)
「この後約束があるから、もう行くね」
その分きっと、好きな人が心を占める割合も頻度も増える。
そう、信じてるから。



