(……いかん……)
浮かれすぎかもと戒めながら、給湯室でコーヒーを濃いめに淹れる。
王子様との社内恋愛に対して、皆の興味が薄れてきたのと反比例して、私は浮かれまくっていたと思われる。
少なくとも表面上は大騒ぎされることも減ってきて、面倒事もなくなってきて――ただ、好きな人と一緒にいられる楽しさを味わっていた。
もちろん、それは悪いことではない。
この歳になって、初めてくらいはしゃいでしまう自分もすごく新鮮だし、何より亜貴くんといられるのは嬉しい。
でも、会社でぼんやりしてるわけにはいかない。
オフィスに戻ったら、しばらくは亜貴くんの視線をスルーしまくって、バリバリ仕事を――……。
「あ、依花さん。ちょうどよかった。今日早く終わったら……」
――と思ったのに、廊下で真正面から出くわしてしまった。
「……ごめん。今日はパス」
(恋愛以外、何もできなくなりそう……)
「…………パ、パス? なんで、俺、何かした? 」
そして、亜貴くんもどうやら同じらしいのだ。
「そ、そうじゃなくて。だって、その……先週末も一緒にいたじゃない」
「それはそうだけど。でも、恋人ってできるだけ一緒にいるもんじゃないの? ずっと言われてきたことが、依花さんといてこういうことかーって思ってたとこだったのに……パスなんて一言で済ますなんて……」
恋愛初心者……というと、私と彼ではかなり意味合いが異なるけれど、きっとお互い初めてのことばかりで、二人して浮かれた結果、それなりに恥ずかしい状態になってしまっている。
「ご、ごめん。嫌とか何かしたとか、そういうことじゃなくて。単純に予定がある」
「えー……それ、聞いていい? 」
別に、隠しておきたいことでもない。
ただ、最近ずっと何もできてなかったから、久しぶりに商品に取り組みたかっただけ。
「なんだ。他に約束があるのかなって、焦っちゃったよ。でも、それなら……さ。よかったら、俺も一緒していい? 邪魔はしないから」
「いいけど……つまんなくない? 」
「まさか。それに、もし必要なら相談にも乗れるよ。一応俺、コネあるから」
亜貴くんの力を使ったりはできないけど、それもいいかもしれない。
一人で作業してても趣味の域を越えられなかったし、意見を聞けるのは助かる。
「ありがと。その……ごめんね。本気でパスしたかったわけじゃなくて、その」
(亜貴くんのことしか考えられなくなりそうだったから、なんて言えない……)
それにしても、嫌な言い方だった。
甘い雰囲気にならないように気をつけるだけで、冷たくする必要はないのに。
「ううん。出掛けても出掛けなくても、俺はどっちでもいいんだ。仕事の話しかしなくても、ここを出た後なら俺はデートにカウントしちゃうし。それにそれ、依花さんにとって大事な用事でしょう。そこにいていいって言われただけで、信用されたみたいで嬉しい」
「信用してなかったら、付き合わないよ。……また、週末……」
そうだよね。
いちゃつくだけが恋人じゃない。
同業者でもあり、過去のことも理解してくれている。
相談するには、これ以上の相手はいない。
「どっちも楽しみ。ノートは家だよね? じゃあ、食事とか準備してこ。絶対、定時で帰るから」
でも私も、会社を出たらやっぱり期待してしまう。
会社にいたって、その声と表情にときめいてしまうのだから。



