一度、離れて。
反応を窺うように覗き込まれて、恥ずかしくて顔を背けた。
「……それは、嫌ってこと? 」
「ち、違う。意地悪」
その悲しい顔が演技だとはもう思わないけど、甘く強請られるような視線に耐性のない私は、そう主張するしかない。
「意地悪してないよ。依花さんが嫌がることはしたくない。寧ろ、あなたが望むまで、いい子に “待て” がしたいんです」
笑ってるけど、それが本当で辛いんだってことは伝わってくる。
「……嫌じゃないよ。嬉しいし……でも、強制させて悪かったなって」
「嫌だったら、命令されてもキスなんてしないでしょう。変なところで引っ込みますね」
そう苦笑した桐野くんは、さっき見えたばかりのわんこの着ぐるみをいつの間にかすっかり脱いでいた。
(……男の人だなぁ……)
当たり前だけど、目の前の――こんなに至近距離にいる桐野くんは、どう見ても男の人だ。
わんこ感なんてほぼなくて、意地悪な後輩の雰囲気も然程ない。
おかしな言い方をすれば、ある意味普通の男性に見える桐野くんは、すごく――……。
「……我慢してた。兄貴の側にいるあなたを見て、本当は抱きしめて隠してしまいたかったし、逆に俺のだって見せつけてやりたくもなった。あんな分かったようなことを言いながら、頭の中ぐちゃぐちゃでしたよ。でも……依花さんを失いたくないが勝った」
――すごく格好よくて、胸が苦しい。
「それも逃げでしたよね。でも、今ので少し自信ついたかな。依花さんが、俺にそこまで許してくれたんだって。兄貴でも他の誰でもない、俺に望んでくれたんだって」
「……彼氏に望まないで、誰に許すのよ」
「だね。……ありがとう。もう少し、していい……? 」
希望どおりなのに、不満そうにするのは難しい。
バレバレだったのか、また楽しそうに落とされたキスは優しい、けれど。
「……っ、は……止まんない。格好悪……」
啄まれては少し、深く、長くなる。
自嘲気味に喉の奥で笑う声が、いつも私が聞いてるものとは違った。
独り言に近いのか素の桐野くんの声は、また更に男を意識してしまいそうになって落ち着かない。
「ごめん。余裕なさすぎだね。怖かったかも……」
でも、好きだ。
さっきの感じの桐野くんも、今の私用に戻した感じも。
「……好き……。わたし、は……桐野 亜貴の方が好きだから……」
少しずつ、信じてもらえたらいい。
いつか、そんな不安が桐野くんのなかで減っていったらいい。
「だったら、照れてないで名前で呼んだらいいじゃないですか。すごく嬉しいけど、フルネームでそんなこと言われたら笑っちゃう」
桐野くんが笑ってくれるのは、ほっとするから。
皆の前でしてるみたいな、にこにことは違う。
正直嘘くさいなって思ってた笑顔とももちろん違って、ドキドキも安心もくれる表情が好き。
「……敬語、完全にやめるなら」
「いいの? やめたら俺、きっと本気で彼氏面しちゃうよ」
「まさか、まだ胡散臭い後輩キャラでいたつもり? 」
今度こそ素で吹き出して、ひとしきり笑った後の桐野くんは本当に愛しそうに見つめてくる。
「まさか。可愛い年下彼氏のつもりだったよ。でも、それももう難しいかも」
――依花さん、さ。もう俺に、 “先輩” って呼ばせる気、ないでしょう。
「……それには、可愛いすぎるの。呼べないんだよ、もう……」
掠れた声が胸の奥を擽って、きゅっと締めつけられる反動みたいに目を瞑ってしまえば。
年上も年下も、先輩後輩も、手の届かない王子様と庶民でもなく。
私たちは、きっとごく普通の幸せな二人……だと思う。



