Secret mode〜後輩くんの見てはいけないトコロを見てしまいました〜






・・・



(……さすが、広い部屋)


「適当に寛いでください。……って、無理かもしれないけど。これ以上依花さんを傷つけないって約束するから……あ、そろそろ食事届きますよ。それまで、ゆっくりしてて」


ずっと突っ立っていたら桐野くんが落ち着かないだろうと、とりあえずソファに腰を下ろした。
少し何かを迷った後、部屋に消えた桐野くんは部屋着に着替えて戻ってきた。


「本当にすみませんでした。……謝ることばっかりしてるね。本当にごめんなさい」

「……私こそ。お兄さんとのことは聞いてたのに」


過去のトラウマも、コンプレックスも事前に聞いていた。
あれは別に、私のことが大して必要じゃなかったとか好きじゃなかったとか――譲ってもいいやと思ったわけじゃないと冷静になれば思える。
ただ、桐野くんは私にも選ぶ権利があると言いたかっただけで、お兄さんに譲られたわけじゃない。
そもそも、皐さんにその気がないことは明らかだった。


「……でも、嫌だったんだ。私が嫌で、悲しかっただけ……」


目の前が暗くなって、安心する。
その理由が、隣に座った桐野くんにふわりと包まれているからだと知って、我慢を覚える前に涙が落ちていった。


「……ごめん」


首を振るのを止めるように、そっと頰に触れられ彼と目が合う。


「怒っていいよ。だって俺、今すごく嬉しいから。そんなこと言われたの初めてで、しかもそれが好きになった人から貰えるなんて、嬉しくて堪らない。……怒っていいんだよ」


そんなこと言われたら、怒れない……と、思ったけど。


「馬鹿……。もう絶対、そんなことで喜ばないで」

「うーん……ごめん。多分、無理……」


「もう既に嬉しくなってるから」。
そんなことを言って、本当に幸せそうに笑う。

その笑顔が好きだ。
ずっとが難しくても、せめて、何度だってその表情が見たい。


「兄貴に言い寄られて、靡かないどころかあんなに不審そうにしてるあなたを見て、俺がどれだけ衝撃を受けて……嬉しかったか。きっと、理解してもらえないと思う。それでもいいんです。そんな依花さんが好きだ」


(私も、初めて)


それほど真っ直ぐに、告白されるのも。
「好きだ」の後、しばらく待っても何もされないのも――それを切なく、もどかしく思うのも。


「私だって好き。お兄さんに反対されたって、社内で何があっても関係ない。平気ではないかもしれないけど、桐野くんと一緒にいられるなら頑張れる自信ある」

「……うん。それって、めちゃくちゃ愛されてるよね。なのに、振られた時のダメージを最小限にしようだなんて狡すぎた」


そうだよ。それくらい、好き。
大好きだから――……。


「桐野 亜貴」


いきなりフルネームで呼ばれた彼の目が、不安の色を帯びる前に。
恋愛に臆病で、経験なんてまるでない私が勇気を振り絞ろうと緊張する前に、勢いのまま言ってしまえ。


「キスして」


(〜〜っ、と、思ったけどやっぱり無理……! )


いや、言ったものはもう取り消せないけど。
桐野くんだって、聞こえないふりは無理そうな微妙な顔してるし。
っていうか、その顔ちょっとひどくない?
経験豊富なんだから、笑って聞き流すくらいしてくれたらいいのに。


「……っ、もちろん嫌じゃなかったら、そんな時に……」

「そこまで言っといて、逃げないでくれません? フルネーム呼んで命令しといて、なかったことにはさせないから。さすがに、そこまで甲斐性なしじゃない」


なぜかムッとして、拗ねたように言われ――そっと、頰を包み込まれた。


「お願いはまだしも、命令されてキスとか。あーあ、初体験奪われっぱなしでムカつく」

「ムカつくのはこっちなんですけど」


(……そりゃ、可愛くしてって言われるのは、何度もあったんだろうけど)


「ヤキモチ可愛いけど。やられてんの、どう考えたって俺でしょう。でも、お望みどおり乗ってあげます。……ね、依花さん」


――お願いだから、キスさせてください。


「命令までしたんだし、嫌なんて言わないよね? 分かってないなら言うけど、俺今さ、これまでで一番、 “そんな” なんですけど」

「……っ、もう命令聞けば……!? ……っ、あ……」


親指が、縫うように下唇をなぞる。
たったそれだけのことで何も言えなくなる私の口に、少し呆れたような吐息を漏らした後、ゆっくりと重なってきた。