「……何のつもり? 」
ドアを開けてすぐ、私の前に立ってくれた桐野くんは、あの時と同じかそれ以上に怒っていた。
「見てのとおり、口説いていた」
「……依花さんに興味が湧いた? 今までと違って、素敵な人だもんね。そうなるかなと思ってた。でも、そうですかって渡せない。彼女が俺を好きでいてくれるなら」
「つまり、これまでのように彼女が俺を好きになれば問題ないんだろ? もちろん、彼女の気持ちは大切だ。だから、口説いてたんだけどな」
私は、両方から試されてるのかな。
これまでみたいに、弟を傷つける存在じゃないか。
ずっとそうだったみたいに、ちょっと迫られたからって、兄にすぐ靡く素振りがないか――……。
「……彼女の気持ちは大事だ。そんな」
「……っ、そんなことで呼び出さないでいただけますか。業務中なんです」
(違う)
「大事なのに試すの? 信じてもらえなくても、断ったよ。好きな人のお兄さんに言い寄られて、疑わずにホイホイ着いていくほど馬鹿でも軽くもない」
(……違う……)
「……っ、依花さ……」
「二人とも、終業まで話しかけてこないで」
次に桐野くんに話しかけられたら、泣いてしまうかもしれない。
今だって、気を抜くと目の端から涙が落ちていってしまうんじゃないかと不安で、強めの口調でごまかすしかないくらい。
(……手を出すなって、言ってほしかったのかな)
もっと独占されるものだと、勝手に期待していた。
(……馬鹿だ……)
桐野くんの気持ちを勝手に決めて、望んで、欲しかったものじゃないからって怒ってる。
――まだ、その段階じゃなかった。それだけのことなのに。
・・・
「……依花さん」
桐野くんは、言われたとおりに仕事が終わるまで待ってくれた。
おかけで気持ちは落ち着いたけど、気まずいものは気まずい。
でもやっぱり、あれは私が悪かった。
「……ごめ」
「一緒に帰ってもいい? ……お願いします」
謝罪をすぐに遮られ、頷くほかになかった。
たとえ受け取ってもらえなくても、謝らないわけにはいかない。
ビルの外に出るまで、二人とも無言だった。
人前でできる話題じゃないんだから、当たり前だ。
それでも緊張と後悔で発狂しそうになっていた私は、自動ドアを抜けてすぐ再び口を開いたけれど、またも桐野くんの方が早かった。
「もしよかったら、うちに来ませんか」
口は開いたままなのに、衝撃すぎて何も出てこなかった。
付き合ってるのにそんなことで衝撃を受ける私がおかしいのかもしれないけれど、耐性がなさすぎてこのタイミングでは頭になかった。
「……何もしません。ちゃんと話したくて。あと、依花さんが謝ることは何もないよ。絶対的に俺が悪いし、謝らせてほしい。でも、それにはどこかで話すには時間が足りないから」
お願いしますと頭を下げられて、思う。
自意識過剰だと笑ってくれたら、まだ引き返せたかな。
でも、事実として桐野くんはそんな人じゃないし、そもそも――……。
「……うん」
桐野くんがどうあれ、私は彼を好きになった。
この恋愛はもう既に、私の意思と責任で続いている。



