(……なんという失態……)
いや、失態はまたいい。
問題は、熱のせいであれこれ全部喋ってしまったことだ。
幸いというか不思議なことに、桐野 亜貴はちっとも茶化したりすることはなかった。
きっと、誰かに面白おかしく話したりもしない……と思う。
でも……バレてしまった。
自分で洗いざらい喋ってしまった。
ずっと誰にも言えなかったことを、それもかなり個人的なことを全部。
(……変な奴だと思われただろうな。でも、それだけだ)
そう思うとするのに、上手くいかない。
引っ掛かっているのだ。
――桐野くんの、あの笑顔が。
・・・
「おはよ。……なんで、時間どおり来るの。病院は? 」
「……熱下がったから」
出社するなり不機嫌に言われたけど、買ってきてくれた薬が効いたのが、昨日の熱が嘘みたいに身体は何ともなかった。
「じゃあ、せめて休みなよ。そういう約束で、俺帰ったよね。風邪移したら悪いとか、熱高いのに喧嘩になりそうだったから。……熱ないのは、本当みたいだけど」
(……また、妙な設定を……)
「一緒に出社しなかった理由はそれです」みたいな、誰に向けてなのか謎のアピール。
「だっ……」
「ん? なーに」
「…………辛くなったら、無理せずすぐに帰る」
「ん。すぐ言ってね」
まずい。
完全に、桐野 亜貴のペースだ。
このままじゃいけないと思うのに、抗う気持ちも薄れて簡単に引いてしまうのが一番マズイ。
でも、それも仕方ないところはある。
だって、何が何だか分からないけど――それは、私を気遣ってのことなのだ。
だから、自分の気持ちがよく分からなくなるし、どの方向に向かっていいのかと迷子になる。
嫌なものは嫌、が、日に日になくなっていってしまう。
・・・
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です」
そんなことをまだ考えながら、ぼんやり歩いていたところを佐野さんに声を掛けられた。
「すごいね。あの王子様と付き合ってるとか」
「……まあ……」
もう熱はないはずなのに、迂闊だった。
桐野 亜貴とのことを誰にもつっこまれないように、ただ仕事だけに集中して気を抜かないようにしてたのに。
「大丈夫? ……やめといた方がいいよ。遊ばれてるって、本当は自分でも分かってるでしょ? 」
「…………は? 」
遊ばれてはない。
いや、遊ばれてもないというべきか。
「認めたくないのは分かるよ。でも、どうしたの? 辛いことでもあった? だって、前は桐野にあんまりいい印象持ってなかったと思ってたからさ。話なら、俺が聞くから」
「……何言ってるんですか? 別に、不幸に見舞われてるところを桐野くんにつけ入られたわけじゃないんですけど」
何にしても、佐野さんは脅迫してくる桐野 亜貴よりはマシなのだと思う。
嫌な奴でも、脅迫という行為を見ればまだいい。
それなのに私は、何にそんなにカチンときているのか。
「私が桐野くんといたって、佐野さんに関係ないですよね。失礼だし、余計なお世話……」
「……あー……っと。それくらいにしてあげなよ。可哀想じゃない」
どこから現れたのか、桐野 亜貴が私たちの後ろに立っていた。
「気になってた子を奪われて、社内で仲良さそうにしてるのを見せつけられた挙句、当の本人からそんなこと言われるなんて。傷つけたくて言ったのに、俺の為に必死に怒ってる依花ちゃん見てさ、カウンター食らってるんだよ。それ以上は、泣いちゃうかも」
「……そっちが、やめてあげて」
(桐野くんの方が、よっぽどエグいと思うんだけど)
「えー? 俺は黙ってられないよ。彼女に酷いこと言われてやり返すなって……無理言わないで」
いつものふわふわした声が、後半一気に重くなってヒヤリとする。
その一瞬固まった隙に、桐野くんは私の前に立ってくれた。
「気に入らない俺に彼女取られて悔しい? だったら、直接俺に来てくださいよ。こんなにダッサイ真似しないでさ」
「……っ、俺は、ただの心配で……」
「それも、何の権利があってって感じだけど、そこは触れないであげます。大丈夫ですよ。俺は、絶対に彼女で遊んだりしない。大切な女性なので、ご心配なく」
(……思いっきり、触れてますが)
それは置いといて、桐野 亜貴はやっぱり役者だ。
『嫌いなんだよ、女なんて』
そう言ってたくせに。



