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「あ、起きた」
自分じゃない声に言われてやっと、「ああ、私起きたんだ。ってことは、寝てたんだな」ということに気づく。
「気分どうですか? 薬、買ってきたんで飲んでください。あったかもしれないけど、俺があちこち触るわけにいかないから。明日、ちゃんと病院行って」
そう、薬はそのへんにある。
薬箱らしい箱じゃなく、適当なボックスに入れてるだけだから、確かにそんなの私以外には分からないだろう。
と、言うか。
「……な……きりの、あき……」
「確かに、俺は桐野 亜貴ですけど。ふーん、先輩って、脳内では俺のことフルネームで呼んでるんですね。長いでしょう、亜貴でいいよ」
しまった。
まだ熱でぼんやりしているせいか、心の声がそのまま出てしまった。
「コンビニで食べられそうなもの買ってきたから、入るなら薬の前に食べてください。あ、鍵借りましたよ。掛けないで出ていくわけにはいかないし」
「……そ、それはその……ごめん。ご迷惑をお掛けしました。でも、なんでそこまで……」
お姫さま抱っこしておきながら、文句やからかいも出てこないし。
わざわざ戻ってまで、薬や食料を買ってきてくれたりするなんて。
「期間限定とはいえ、彼氏ですから。ま、そもそも彼氏彼女なんて期間限定かもしれないけど。放っとけないでしょう。それよりこれ、デザイン画? 先輩って家でも仕事してるんですね。風邪引いたのも、そのせいだったりして」
(……あ……)
見られた。
机の上に、ノート開きっぱなしで置いていたんだった。
(最悪だ……)
よりにもよって、桐野 亜貴に見られた。
いや、いつかは世に出したいというか、その前にプレゼンしたいものではある。
でも、元々の業務そっちのけでやってたとか、そういう噂を立てられると、今よりもっとその機会は減らされてしまうかもしれない。
ううん、これをネタに更に何かを強制させられたらどうしたら――……。
「夢ってこれ? どれも、着脱が簡単なものみたいですけど……」
「……そうだよ。私が苦労したから、同じような人に喜んでもらえたらいいなって。馬鹿みたいでしょ」
「……そんなこと、言ってないじゃないですか。苦労したって、どうして? 」
本当にそう思ったというより、桐野くんはムッとしたり、嘲ったりするのかなと身構えていた。
でも、実際は「そんなことをすると思われた」と、傷ついた顔に近かったようで、一瞬にして罪悪感が広がる。
「昔の怪我が原因で、右腕が後ろに回らないんだ。後ろ、留められないの。痛みはもうないんだけど……昔は特に、ホックがないのって可愛いデザインなくて……辛かった」
「……そっか」
そんな失礼なことを思ったのなら、話さなければいい。
プライベートで、ただの先輩後輩でする内容でもない。
こういうことは、寧ろ男性の方が気まずいだろう。
「自分で見るだけでも悲しいのに、やる気がないとか失せるとか、女捨ててるとか。なんで、そんな勝手なこと言われないといけないの。私は乗り越えたし、何も感じなくなったけど、万が一にも誰かが同じ思いをしてたら嫌なの。だから……」
――だから、何だっていうの。
分かってる。
これこそ、勝手な正義感を振りかざしているだけ。
下着なんてものすごくパーソナルな部分で、余計なお世話だということも。
「……夢なの。笑っていいよ。今だって全然可愛いくないの着てるし、それが嫌だってまだ思ってる。……なんで、笑わないの」
「なんでって。先輩が泣いてるの見て、面白くないから。……信じてもらえないんでしょうけど、俺、今ね」
――商品化したらいいのに、って思ったよ。
「なんででしょうね。……笑っていいよ」
笑えなかった。
桐野 亜貴がふと微笑んだのを見て、悔しさも怒りも湧いてこない。
(……笑えるわけない)
こんなに切ない気分では、ちっとも。



