一度瞼を閉じたら、最後だった。
「先輩。依花先輩、鍵」
「……バッグの中……」
「そりゃ、そうでしょうよ。いいんですか? 漁りますからね。ってもう……聞いてない。仕方ないけどさ」
一気に力の抜けた、ほぼ身体全体を支えられながら、どうにか部屋まで辿り着いた。
「開けるよ」
「……ありがとうございました……。後は大丈夫なので、どうぞお帰りくださ」
「起きてんじゃん。……っ、先輩」
(ドアを……ドアを閉めなくては。いや、その前に桐野 亜貴を外に閉め出さないと……)
頭ではそう思うのに、身体はペタンと玄関に崩れ込む。
「大丈夫……平気。なので、お引き取りを……」
「そんな状態で、大丈夫ってまだ言うんですか。俺、怒るよって言いましたよね。……っ、ほら、掴まって」
「……っ」
ふわり、とはさすがにいかなかったけど。
「だ……大丈夫だってば。降ろして……! 歩ける……」
「また言った。あのね、タクシー降りてから、一歩も自力で歩けてなかったでしょう。早く降ろしてほしいなら、じっとしててください。……すみません。部屋、入りますね」
俗に言うお姫さま抱っこをされ、皮肉にも熱が下がった気がする。
「あっつ。熱、相当高いですよ。ほら、横になって」
(……と、思ったのに。でも)
なんで、謝ったのかな。
迷惑を掛けておきながら、私は何も言えてないのに。
「薬は?」
「……寝て、下がってなかったら飲む。あの、本当に……」
「あーもう、分かりました。だから、寝てください」
掛けてくれた布団を、ぽんと軽く叩いた。
めんどくさい、の合図。
「……桐野くん」
「何ですか。大丈夫も平気も聞き飽きた……」
だとしても。
「……ありがとう。ごめんね、お金は明日返す……」
人として、言わなきゃいけないことはある。
「……っ、な、別に大したことじゃ。そんなことはいいから、ゆっくり寝て。具合悪い時くらい、もっと仕事適当にやってく……寝てる」
まだ、意識はかろうじてあるけど。
「……脅してる奴にお礼なんて言うなよ。しかも、金のこととか要らないし。馬鹿な先輩。……そんなんじゃ」
――先輩とか、思えなくなるじゃん。
その呟きを聞かなかったことにしようと、再び目を閉じた。



