私の勘は当たる。
いや、疑り深いというか、皮肉っぽい性格というか――大人になって結構――かなり経ったゆえの経験論というか。
由来成分は何であれ、とにかくあの警鐘は誤作動じゃなかった。
アラームが鳴っても回避できなかったのは、結果的には良かった……とは思うけど。恐らく。
――いっそ、そういうことにしておいてください。
・・・
「桐野くん、これ……」
「あ、これは確か……」
(……)
「ねぇねぇ、亜貴くん、ここ教えて」
「それ、分かりづらいですよね。俺も教えてもらってやっとなんですけど、これって……」
(…………)
アイドルグループのライブかファンミーティングばりの黄色い声と光景が、睡眠不足の身体にはきつい。
たまにとか、通りすがりのことだったらまだ「若いっていいな」とか思えたりもするんだろうけれども。
毎朝、終日、同じ部署で繰り広げられるのはかなり堪えた。
おまけに、最大の問題はもっと別のところにあって。
「……先輩。依花先輩」
「………………は? 」
溜息をすんでのところで飲み込んだら、顔を覆って視界を遮ることは我慢できなかったみたい。
いや、それでもいい。
もういっそ、このまま何も見たくない。
「大丈夫ですか? 具合悪い? 」
なのに、なおも「心配……! 」って感じを装って、書類を抱えたままデスクにいる私を覗き込んでくる。
彼の影が落ちてくるのが自分の掌越しに感じられ、トドメの「よりか先輩」がオフィスに響く前に恐る恐る顔を上げた。
「……いや。大丈夫」
黄色い声にうんざりしてただけなんて、さすがに私も言えるはずもなく。
みんなが聞き耳を立てて打って変わって静まり返ったオフィスでは、そう言うのが精一杯だ。
「よかった。急に突っ伏しちゃいそうになるから、びっくりしちゃいました。でも、先輩頑張りすぎですよ。もっと俺を頼ってほしいなー。入社以来、その為に仕事覚えたのに……依花先輩、俺のこと眼中になさすぎなんですもん」
「……またそういう……」
冗談だか、何かの目的があってのパフォーマンスか。
どんな理由なのかなんて知りたくもないけど、この見た目は可愛い、中身は腹黒度120%(推定値)のなりきりわんこ――後輩の桐野 亜貴は、やたらと私に構ってくる。
「冗談でも、からかってもいませんって。何度も言ってるじゃないですか。じゃなきゃ、こんな公開告白しませんよ。つれなすぎます。さすがに落ち込んじゃう……」
「……なら、もうそれくらいにしといたら? 」
こんな公開告白だからこそ、信用できないのに。
羨望と嫉妬と、「どうしてあんな人が」という、いくつもの目に晒されて、好きでもないのにときめけという方が無理だ。
「先輩こそ、またそんなこと言うー。なんで伝わらないんだろ……。あ、でも」
悲しそうに目を伏せて、何とか明るい笑顔に切り替えましたって感じで持っていたファイルを差し出した。
「勝手にすみません。これ、やっときました。気分悪いんじゃなくてよかったけど……ここ数日、特に頑張ってたみたいだったから。ほんと、たまには仕事押しつけてくださいね。昔に比べたら俺、ちょっとは使えるようになってますよ」
「……あ、りがと……」
どんなに胡散臭くても、どんなに苦手でも。
お礼はお礼、ちゃんと言わなくちゃいけない。
「いえ。もちろん、それは無償です。でも、いつか、デートしてくれたら嬉しいな。……って、ごめんなさい。調子乗りました」
せっかく素直にそう思ってたのに、爽やかに笑ってまたそんな冗談――……。
「……けど、本気です」
受け取ろうとしたファイルが指先を掠めた瞬間、ほんの少し自分側へと戻して、そう耳元で囁かれた。
「〜〜っ……」
――近くにいる人には絶対に聞こえただろう、それなりのボリュームで。



