「ここ何日かずっと考えてたんだけど、私のこと閉じ込めるくらいなら一春が恋人になってくれればいいんじゃない?」
朝、学校の最寄駅前。
日傘を差して仁王立ちしている私に、一春は呆れたように笑った。
「何してんの」
「待ち伏せ。一緒に学校行こうと思って」
「連絡してくれればよかったのに。……暑くない?」
「可愛い乙女は汗をかかないの」
「あそう」
はは。と笑う一春。
こうやって見ると、雰囲気変わる時とのギャップがすごい。同一人物には見えないな。
「早く行こ。置いてくよ」
「あっ、ちょっと待ってよ一春」
制服が夏服に変わったおかげで、薄着の一春が眩しく感じる。爽やか五割り増しって感じ。
細身だけど意外と筋肉質な腕とか、いつもよりくっきり見える肩のラインとか。
男の子って感じがして、胸の奥がきゅっとなる。
「あのね、私、恋する女の子は誰だって可愛いと思ってるの」
「うん」
「つまり、一春に片想い中の私も誰がなんと言おうと可愛いに決まってるのね。誰かに取られる前に、自分のものにしようとは思わない?」
「はは。いいよね。百花のその自信家なとこ」
隣を歩く一春の横顔を見上げる。
「でも俺のものにしようとは思わない。俺は百花が思ってるほど優しくないから」
微かに寂しさが滲んだ表情に、眉を寄せる。優しくないって、どういうこと?
「それは百花も感じ始めてるんじゃない」
ここ最近の一春が頭に浮かぶ。
優しいだけじゃない、一春の別の顔。
「一緒にいないほうがいいなって思うから、百花の気持ちには応えない」
「なにそれ……意味わかんない」
「もう泣かせたくないんだよ」
ぶわっと生温い風が吹いて、私たちの髪を揺らした。
その言い方だと、まるで私が一春に泣かされたことがあるみたいだ。
そんなこと、今までなかったはずなのに。
一春に詳しく聞こうとしても、これ以上はなにも話してくれなさそうで。もやもやが募っていくばかり。
「お、思わせぶりなことばっかりしてくるくせに……!」
この前のデートの時なんか、ゆ、指舐めたり噛んだりしてきたじゃん!
「応えないって言うならあんなことしないでよ!閉じ込めるとか独占欲しかなかったよね!?」
「あー……反省しなきゃなとは思ってるんだけど」
「一春がそんなだから、いつまで経っても一春のことしか考えられないんだよっ」
そんなのずるいと思わないっ?
もうっ。
ぷいっとそっぽを向いて、一春を置いてさっさと横断歩道を渡る。信じらんない。つべこべ言わずに一春のものにしてよ。
「──俺のことしか、」
「え?なにっ?」
小さく聞こえた一春の声に、後ろを振り返った。
「俺のことしか考えられないんだ」
……隠しきれていない感情が滲み出ているみたい。どこか満足気で、嬉しそう。
どんな顔をしているのか、自分でわかっているのかな。
私のことが好きって顔じゃないの、それ。
*
ていうか私、一春に泣かされたことなんてあったっけ?
自分の席で頬杖をついて、うーんと思い出してみる。
一春とは中学二年の春に出会って、始まりは私の手を引っ張ってくれたことだった。
ポツンと一人でいた私に、クラスメイトを紹介してくれたんだよね。
緊張していた私に、"大丈夫"って柔らかく笑ってくれて、学校のことも色々教えてくれた。
おかげで友達もできて……一春のことも好きになってた。
『──』
……泣いたといえば、仲良くなった友達が転校することになった時、お見送りの日に大泣きしたことがあったな。約束の時間に間に合わなかったんだよね。
でも一春は関係ないか……むしろ泣いてた私のそばにずっといてくれたし。
やっぱり考えてもわからない。"泣かせたくない"って、どういうことなの。
「おーい百花?早くしないとあんたの分なくなっちゃうよー」
「っへ!?」
ハッとして教卓の方を見ると、苑が手招きしている。他のクラスメイトもみんな教卓の前に集まってた。
「これ……なんの集まり?」
「この間の中間テスト頑張ったからーって、先生がジュース差し入れてくれたんだよ」
教卓の上には段ボール箱が。
中にはいろんな種類のジュースやお茶が入っている。苑はミルクティーを選んだみたい。
「あ、百花ちゃんも来た!なにがいい?炭酸のやつしか残ってないけど……炭酸いける?」
「うん。ありがとー」
ぶどう味の炭酸ジュースをもらって、写真を撮ってはしゃいでいるクラスメイトたちからそっと離れる。
缶のプルタブを引いて開けたら、プシュッと軽快な音が弾けた。
一口飲んでみるけど、「う」と声が出てしまう。
久しぶりに飲んでみたけど、やっぱり炭酸飲料って苦手かも……。
このパチパチする感覚がどうしても……だからといって取り替えてもらうのも申し訳なくてなにも言えなかったな。
ぼーっとしてた私が悪いんだし。
「──ひゃっ、!?」
突然ほっぺたに感じた冷たい感触に、その場で飛び跳ねた。
な、な、なにっ……!
振り返ってみれば、クスクス笑っている一春がいて。
「ごめん驚かせた」って笑いながら謝ってくるけど、悪いとは思って全く思っていなさそう。
手には桃の缶ジュースを持っている。あれを私のほっぺたにくっつけてきたのね……。
「ん。交換しよ」
「え?」
ひょい、と私の炭酸ジュースを取って代わりに桃ジュースを渡してくれる一春。
「炭酸飲めないでしょ」
「!なんで知ってるの?言ったことあった?」
「何年一緒にいると思ってんの。見てればわかるよ」
目を伏せて控えめに笑う一春に、きゅーっと胸がいっぱいになる。
優しくないとか、嘘だよ。優しいんだよ、一春は。私知ってるもん。中学の時に引っ張ってくれたあの手も、笑顔も、今だって、全部本物だったよ。
「一春のこういうとこ、好きだな……」
「はは。わかったって」
一春の裾を掴んで小さな声で言う私に、彼はやんわり笑うだけ。
私、優しくない部分の一春もきっと好きになるよ。だから隠さずに教えてよ。
「私、諦めないからね。私の恋の相手は一春がいいし、一春の相手も私であるべきなの」
「……そう」
ぎゅっと缶を握りしめて、ごくごくとジュースを飲む。
「……あ、言うの忘れてたけど、それさっき俺も少し飲んだから」
「んむっ……!?」
一春のとんでも発言に、ケホケホッとむせてしまう私。
の、飲んだって……それってつまり、間接キスでは!?
「はは。こんなので赤くなっちゃう。案外隙だらけなんだよなー」
「あ、赤くなってない──いたっ、」
意地悪く笑う一春が、ジュース缶でコツンとおでこを叩いてきた。
「無防備でいると変なの湧くから、気をつけなよ」
「じゃあね」と自分の席に戻っていく一春の後ろ姿をぽかんと見つめる。
変なのって、なに……。
ていうか……たまに見るあの悪戯っ子みたいな顔もやっぱりいい……っ。
その時、スカートのポケットに入れていたスマホがぶぶっと震えた。
何かの通知かな。誰だろう?
《仲良くなりたいです》
見慣れないアカウントからのメッセージに首を傾げる。
こんな人、フォローしてたっけ。アイコンの画像も初期設定のまま、投稿件数もゼロ。
なにかの詐欺?無視しとけば大丈夫かな……。

