好きな人がいる。
教室の後ろの席で、休み時間はクラスメイトに囲まれる人気者。
左利きで、よく頬杖ついてて、笑う時はいつも目を伏せて「仕方ないなー」って感じで笑う。自分の話より相手の話ばっかり聞く人で、優しいんだけど、でもたまに意地の悪いこと言ってきたりする。

指が綺麗で、声が低くて、どこかゆったりしてていつも余裕そうで、捕まえられそうで捕まえられない。


加瀬(かせ)一春(いちはる)。高校二年生。
中学の時から私のハートを奪ったまま返してくれない、この世で一番好きな人。


「一春、おはよう。今日も好き」


窓側の一番後ろの席。朝からクラスメイトと談笑中だった一春は、私の愛の告白付き挨拶に笑い声をこぼした。
目を伏せて「懲りないなー」って、笑ってる。

きゅん。その呆れた感じの笑顔も好き。


「毎日恥ずかしくない?みんなの前でそう言うの」
「私、もう何百回も告白してるんだよ。今更恥ずかしいとかない」


私が一春を好きってことは、もう生徒公認っていうか。先生たちまで把握している。高一の時も高二の時も、新学期の自己紹介で『好きなものは加瀬一春くんです』って言ったし。

今だって一応告白をしたわけだけど、クラスメイトはいつもの光景だなーって顔してる。


中学の時から一春は爽やかな人気者で、そんな人に好き好きアピールしてたら女子の視線が……とか普通なら思うだろうけど、そんな心配はない。


「一春いいな〜。(ひいらぎ)さんに愛されてて」
「俺も柊さんに好きって言われてー!一春じゃなくて俺にしない?」


そう。なぜなら私、可愛いので。
可愛く見えるように影で努力しているので。恋するパワーで可愛さ五割り増しなので。
一春とは釣り合わないとか、そんなふざけたこと言わせないんだから。

噂では裏で悪口言ってる人たちもいるらしいけど関係ない。同じ土俵に立つつもりもない。


「ありがとう。でも一春がいいから。ごめんね」
「俺重いよ。やめたほうがいいんじゃない」


まぁ、こんな可愛い私の告白に、一春は一度も頷いてくれたことはないんだけど。
冗談めかしてやんわり断られるのも、日常茶飯事だ。

むぅっと頬を膨らませて、一春の前の席に座った。席替えでこの席になったのはラッキーだけど……今日もダメだった。


百花(ももか)
「!」


好きな人が私の名前を呼んでいる。
バッと一春の席へ顔を向けると、頬杖をついたままゆるり笑顔を浮かべて彼は言った。



「髪、巻いてんの可愛いね」



"可愛いね"
最大級の褒め言葉を好きな人からもらえるなんて。
胸がきゅーっとなる。

そうだよ。いつもは内巻きにしてるだけだけど、今日はゆるく巻いてみたの。可愛く見えたらいいなぁって思ってたの。気づいてくれて嬉しい。

気持ちには応えてくれないくせに。一春はこういうことにはすぐに気がつくの。


「〜っずるい!」


だから私、さらに好きになっちゃうの。



「おはよー、百花。良かったねぇ、可愛いって言ってもらえて」


隣の席でニヤニヤと笑っているのは、高一の時から同じクラスの木島(きじま)(その)
私の親友でもあり、恋の相談者でもある。


「うん……でも告白はスルーされた。また明日チャレンジしてみる」
「ハート強っ。そんなに加瀬がいいかね」
「当たり前でしょ。あんないい人、他にいないよ」
「私には胡散臭い笑顔撒き散らしてるだけに見えるけど?」


鞄から教科書を取り出しながらため息を吐く。
苑って相変わらずちょっと口が悪いんだから。


「一春優しいんだよ。中学の時に転校してきたばかりの私に色々教えてくれたし」


中学二年生の時、転校してきたばかりで中々クラスに馴染めなかった私の手を、一春はみんなのところまで引っ張ってくれた。

『大丈夫だよ』

当時は自分に自信がなくて俯きがちで、でも一春が柔らかく笑ってくれたから安心できたの。
優しいなぁって思った。その時から私は一春のことが好き。


「でももったいないよ。このキラキラ青春時代の全てをあの爽やか男子に捧げるつもり?」
「え?うん。なにか問題でもある?」
「あるっ。たまには他の男子にも興味もちなよ。優しくて格好良い男子他にもいっぱいいるって」


他の男子ねぇ……苑には申し訳ないけど、私には一春以外全員同じに見えちゃうというか……。


「来週男子校の人たちと遊ぶ約束してるんだけど、百花も一緒に行こうよ」
「相変わらず人脈広いね、苑は」
「バンド繋がりでちょっとね〜。いま男子たちの写真送った。格好良くない?」


スマホを取り出して苑とのトーク画面を開く。まぁ確かにみんな整ったお顔をしてるなぁとは思うけれども。一春に勝てる人なんている?


乗り気じゃない私に、苑がため息を吐く。


「百花が加瀬に一生懸命なのはわかってるけど、何回も告白してるのに振り向いてくれないんでしょ?中学からずっと。引くに引けなくなってるだけなんじゃないかって、心配してるんだよ」
「心配されるようなことはなにもないんだけどな」


じとっと見てくる苑に笑って見せる。


「まぁとにかく、来週空けといてよ?他の女子も来るから、男を落とすコツとか教えてもらえるかもよ」
「えっ、それはちょっと興味ある……」


他のアプローチ方法も考えないとって思ってたところだったの。
勉強になるのなら行ってみてもいいかもしれないな。







放課後、書き終えた日直日誌をパタンと閉じた。んーっと伸びをして窓の外を見る。

クラスメイトは全員部活やら帰ったりやらで誰もいない。苑も軽音部に行っちゃったし、一春もとっくのとうに帰ってしまった。

最寄駅同じなんだから、一緒に帰ってくれたっていいのに……。まぁ、一春にも友達付き合いとか色々あるからワガママばかりは言ってられないけど。

明日、何時の電車に乗るんだろう……ホームで待ってれば一緒に学校行けるかな?


チラッと後ろの無人の席を見る。


『消しゴムないの?じゃあ俺の半分あげる。使って』
『そーいやおまえ今度試合あるって言ってたよね。仕方ないから応援行ってやるかー』


消しゴムをあげて、みんなの話をちゃんと聞いていて、笑ってて、一春は今日も優しかった。
この席で一春の声を聞くのが好き。私、一春の優しいところが好き。


さっき苑から送ってもらった写真をもう一度見てみる。

……やっぱり、他の人のことなんて考えられないな……。



「──へぇ、意外。他の男見る余裕なんてあるんだ」



その時、耳に届いたほんの少し低い声に、目を見開いた。
ハッとして顔を横に向けたら、帰ったはずの一春がすぐそばにいて。
私の机に片手をついて、後ろから覗き込むようにしてスマホの写真を見ている。


「い、一春!?帰ったんじゃなかったの?」


いつもより近い距離にドキドキいっている心臓をなんとかおさえて。
慌ててスマホの画面を消したら、一春は私に視線を移した。
「忘れ物取りに来ただけ」って、微かに笑って言う。


一春の瞳は綺麗な黒色をしてる。
……でも、なんか、いつもより、黒が濃い?影ができてる気が……。

忘れ物取りに来たって言う割にはその場から動こうとしないし、私から目を離すこともしない。


「で、さっきの写真の男、だれ?」
「えっ」
「会いに行くの?木島に誘われてたよね」


今朝の会話、聞こえてた?


「えと、写真は苑の友達らしくて、他にも女の子くるって言うから……」


うぅ。さすがに男子を落とすコツを教えてもらえに行きます、とは言えない。
どうしよう。なんて言えばいいかな……。

なんて、そんなことを考えていた時だった。


「行かなくていいんじゃない」
「えっ、でも──」


言いかけた言葉は最後まで出てこなかった。
影を帯びた一春と、どこまでも深い黒の瞳。いつもと違う雰囲気に、近い距離に、頭が真っ白になる。


「あの、い、一春」
「なに」
「なんか、いつもと雰囲気ちがうの、気のせい……?」


私の言葉に、一春はほんの少し黙って、それからゆるり目を細めて静かに笑った。


「気のせいじゃないかもね」


するっと私の髪に指を通して言うから、心臓がさらに痛くなる。ドキドキバクバクいってるのをおさえるの、もうしんどい。

ば、爆発しそう。



「百花。もう一度聞くけど、他の男見る余裕あんの?」



ゆるく巻いた髪を手に取って、まるでキスでもするかのように口元に持っていく一春に、そのままじっと私を見つめる一春に。

私の心臓、限界突破。


「〜〜っあるわけないでしょ!?一春のばか!」


ガタッと立ち上がって大きな声を出すけど、自分でもわかる。今の私、ぜったい顔赤い……っ。

反対に一春は余裕そうで、「そう。なら良かった」って、パッと私から離れるもんだから、もう、頭の中大混乱。


「一緒に帰る?」
「……帰る……」


自分の机からノートを取り出した一春は、もういつも通りで。さっきの危ない雰囲気は一体なんだったの……?やっぱり気のせい?


「──他の男に会いに行かないでね」
「え?」


教室の扉の前。一春は私を振り返って言った。


「約束して」


……人気者で爽やかで、自分のことより相手の話ばっかり聞いて、よく目を伏せて笑ってる。
私は、一春の優しいところが好きで。

だから、知らない。こんな一春は知らない。
近づいたら逃げられなくなるんじゃないかって、そんな錯覚を起こしそうになる。

危ない雰囲気を纏った一春なんて、知らない。


もしかしたら私は、一春のほんの一部分しか見えてなかったのかもしれない。