雨声~形のないラブレター


「お待たせ致しました。バニラエクレアでございます」

丁寧に5番テーブルのお客様にお出しする。
そして、深々とお辞儀をした紫陽花の足は、7番テーブルの外へと向けられていた。

「っっっ」

窓ガラスの先。
コンコースの一角にあるストリートピアノ。
そのピアノを弾いているのは……紛れもなく暖さんだった。


1年ぶりに聴いた彼のピアノ。
ゆったりとした音色なのに、どこか儚げで。

カフェの中にいる私だけに届く、形のないラブレター。

澄んでいる音色なのに、甘く切なく感じる。


その音色は15分ほど響いて来て、いつの間にか聴こえなくなった。
ガラスの先に、彼の姿もない。

会いたいと思う気持ちが大きいばかりに、幻でも見たのだろうか?
いや、幻聴??

姿が見えなくなって、音色も聴こえてなくなったら、自信がなくなってきた。
私の勘違いだったのかな。



21時を回り、カフェが閉店になった。

事務処理をする健兄の横を通り過ぎ、カーテンで仕切られた空間で着替えをする。

「健兄」
「……ん?」
「さっき、ピアノの音しいひんかった?」
「さっきっていつ?」
「18時くらい?」
私雨(わたくしあめ)が降った時か?」
「……そうかも!」

私雨。
限られた小地域に降るにわか雨。
ふもとは晴れているのに山地にだけ降る特殊な雨で、日本では鈴鹿、箱根、比叡。
そして、この地が昔から有名だ。

着替えを終え、ロッカーから鞄を取り出す。
すると、鞄の中に入れっぱなしのスマホにメッセージが1件、受信されていた。

『ベンチで待ってる』