「グレン、お前にも彼女の言葉が聞こえただろう? この者は彼女の兄君だ。無礼を働くな」
「しかし殿下、この男は茂みの影から殿下を狙っていたのですよ」
「ハッ、馬鹿なことを言うな。この者に敵意がないことくらい、この僕にさえわかると言うのに」
「…………」
「それに神殿内での殺生は禁止だ。わかってるだろう?」
「…………」
するとグレンはようやく剣を収めた。
――あくまで渋々と言った様子ではあるが、俺は一先ず生きながらえることができたようだ。
リリアーナの手を借りて立ち上がった俺に、セシルが振り向く。
「グレンがすまなかった。腕は確かなんだが、少々血の気が多くてね」
(少々? いや、かなりだろ)
俺はそう言いたくなった。が、流石にそこまで馬鹿じゃない。言っていいことと悪いことの区別くらいつく。
この場でどんな挨拶をすべきかも。
「滅相もないことです、殿下。こちらこそお見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません。ご挨拶が遅れましたが、私はローズベリー家のアレクと申します。妹のリリアーナがお世話になったようで、心からお礼申し上げます」
そう言って会釈をすると、隣のリリアーナも慌ててお辞儀をする。
そして俺が顔を上げたとき、セシルはにこやかに微笑んでいた。
「先ほど妹君が、君のことをとても尊敬できる兄だと話していたよ。――よくできたレディだと感心したが、なるほど、納得がいった。妹君が健やかに育ったのは、君の存在があったからなのだろうね」
「いえ、そんな……もったいないお言葉」
「謙遜する必要はないよ。君のような人が側にいたら、退屈な毎日がさぞ楽しくなることだろうな。――お前もそうは思わないか? グレン」
「…………」
セシルは問いかける。が、グレンは無言を貫くばかり。
その態度は近衛としていかがなものかと思ったが、セシルは少しも気に留めていない様子で快活に笑う。
「ハハハハッ! グレン、お前は本当に相変わらずだね。もっと肩の力を抜いたらいいのに」
それはアレクの記憶の中のセシルとはだいぶ違っていた。
過去に公式の場で何度かセシルを見かけたときは、いつだって物静かに微笑んでいるだけだったのに。
(セシルって本当はこういうタイプだったのか? 正直、かなり意外だ)
――だが、悪くない。



