蒼井君の胸の中で泣いていたら、時間があっという間に過ぎてしまった。
教室で二人きり、窓際の机に座って、話していた。
「後、二十分たったら、下校かあ」
「なんだよ。さっきから、ずっと、一緒に居るだろ」
「そうだけど、私は、泣きに来たんじゃなくて、話しに来たの」
「まあ」
そう言って、蒼井君が少し、黙り込んだ。
「水月が少しでも、楽になったんなら、良いんじゃないの」
私は、急に名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がった。
「今、蒼井君...名前」
「もう一回、呼んで欲しい?」
「そっ、そういうわけじゃないけど、」
「水月」
「な、何?」
「水月は、俺の事、なんて、呼ぶ?」
「えっと」
私が黙り込むと、蒼井君は、ある行動に出た。
「はーやーく」
そう言って、私に近づくと、ニヤリと笑った。
「言わないと、どうなるか、分かる?」
「わかんないけど、何、するの?」
「さあね」
そう言いつつ、私と蒼井君の距離は、ほぼ無くなっていた。
「名前、呼んでくれる?」
私は、蒼井君との距離が近すぎて、緊張していた。そのせいで、自分の心臓の音がうるさくて、名前を呼ぶどころじゃなかった。
「水月は、呼んでくれないのか」
すると、蒼井君の手が私の頬を包んだ。
「じゃあ、こうするしかないな」
「蒼井君、何するの?」
「ただの罰ゲーム。ほら、目、閉じた方が良いよ」
「うん」
私は、言われるがまま、目を閉じた。
そして、唇に優しくて、柔らかい、ぬくもりが触れる。
なんだろう。さっきは、距離が近いからくる緊張だったけど、唇に何かが触れてる、今は、理由も分からなく、心臓がうるさくなってる。だけど、嫌じゃなくて、優しくて、心地良かったから、その感覚に自然と身を委ねていた。
何秒経ったんだろう。十秒か、二十秒かな。それとも、三十秒?
もう、どれくらい時間が経ったか、わからなくなった頃、突然、唇から、ぬくもりが離れた。
「目、開けて良いよ」
蒼井君に言われて、私は、目を開ける。
「今、何したの?」
「さっきも言ったけど、罰ゲーム」
「だから、それを何したの?」
「キス」
「...えっ?」
「水月、キスも知らないの?」
「私も、きっ、キスくらい、知ってる!好きな人とするものでしょ?!」
「そうだけど、水月、さっき、俺がやったら、何にも考えてなかっただろ」
確かに、考えてなかった。
「俺、水月の彼氏じゃないのに、水月にキスしたんだけど?」
「なぜか、わからないんだけど、嫌じゃなかったから」
「ふーん。嫌じゃなかった、か」
すると、下校時間を知らせる予鈴が鳴った。
「あっ、チャイムだ。帰らないと」
「水月」
「何?」
「雨、このまま、止まなさそうだし、送る」
「でも、蒼井君、先生、待たなくて良いの?」
「...俺の事は、良い。早く、行こう」
「うん」
私達は、急いで、教室を出た。