お茶と妖狐と憩いの場

 独り言のつもりが声に出ていたらしい。しまったと思うが、不意に現れた海萊は楽しそうに昂枝の横に立った。
「兄さん………これで良かったですか」
 海祢は後ろを振り向くと様子を伺う。兄弟だというのに恐る恐るといった感じだ。仕事での身分の違いといったところだろう。
「あぁ、助かる。――せっかく此処まで足を踏み入れたご子息さんには…、特別に見せてやろうと思ってな」
「……何が言いたい。そもそも、あいつらは無事なんだろうな」
「そう噛み付くなって。俺は優しいから“まだ”手を付けていないし、これも何かの縁じゃないか」
「ふざけるな! 何が優しいだよ…! 狐を刺した癖しやがって」
 堪忍袋の緒が今にも切れてしまいそうだ。やはり波柴海萊という男は性格が捻じ曲がっている。

 何故こいつはこんなにも楽しそうに嘘をつけるんだ。
 何故こんな奴が村をまとめる統率者の一人なんだ。
 何故、何故、何故―――!

「あれは妖狐が煩かったからだ」
 海萊は少々やりすぎたが、と付け加えながらも反省の色を見せずに舌を出す。
「まともな武器を持たない相手にやる事じゃないだろ――」
「村の決まりだ。ご子息さんならよぉくわかるだろう…?」
 海萊は真剣な顔つきになると、裁縫に使う針のような小さな刃を昂枝へと突きつけた。喉元へ刺さりそうで刺さらない絶妙な位置にあるそれのお陰で、昂枝は一歩たりとも動けなくなってしまう。想埜の家でやられた時と全く同じだ。
「ほらほらご子息さんそんな事よりいいのか? 目の前にご子息さんが気にしてやまない二人が居る部屋の扉があるというのに」
「何…?」
 針を引っ込めると、海萊は手前にある畳を指差した。何の変哲もない畳だが、一番近くにある二枚を外すと下に所謂隠し扉が現れる。
「秘密基地ってやつだな」
 そして懐から取り出した鍵を、扉に付いている海老錠に差し込んで開けると、鼻歌交じりに板を上に持ち上げた。
 一瞬、ゴオッと呻き声に似た風が吹く。
「梯子を降りろ。拒否したら突き落とす」
「……だから刃物を向けるのはやめろと言っている」
「不法侵入したのはどこのどいつだ?」
「…………」
 何も言い返せない昂枝は舌打ちを一つすると、灯りを持っている海祢に続き梯子を降りていった。続いて降りてくる海萊は扉を閉めると、内側に付いているもう一つの海老錠をカチャリと鳴らす。
 絶体絶命とはこの事だと昂枝は実感した。