お茶と妖狐と憩いの場

 ――折成がいつものように仕事から戻ってくると、血相を変えてこちらに駆け寄ってくる人がいた。折成の母だ。
『あの子がっ…な、成兎(なつ)が、あぁぁっなつ…、なつ……っ!』
 普段穏やかな性格の母親が必死の形相で己の衣を掴む姿に、只事ではないことだけはわかる。
『成兎がどうしたって…』
 折成は焦り、涙を見せる母を目の前に、何か、考えたくもないような事が起きて、この先を聞く行為が何を意味しているのかを朧気に理解してしまった。
 やっぱり聞きたくないと拒否反応したけたところで、その感情は儚くも散ってしまう。
『成兎が…っ、成兎が死んだのよっ』
 その言葉に思わず身の毛がよだった。
 聞きたくない単語を耳に入れ、信じたくない一心で飛び出す。
『俺のせいだ』
 折成は先日の会話を思い出した。
 花嫁を連れてくる仕事を断った事。丁重に断ったつもりでも、空砂にとって気が触れるものだったのではないか。事故ではなく、脳がそう思考してしまう。だけど実際ただの嘘で、家で笑顔で待っててくれるのではないか。
 しかし家の前まで駆けつけたところで、現実は直接視界に入ってくることになる。全身脱力し、真っ赤に染まった破れた着物を身にまとう、折成の妹である成兎の姿がそこにあったのだ。
 そして、その場に立っているのは空砂だ。
 空砂は成兎を引っ張りあげると、あまりにも無慈悲で、心のない言葉を折成に言い放った。
『貴様が悪い。鬼族の言い伝えを蔑ろにしようとしたその罰じゃ』
 そう、成兎は見せしめとして空砂に殺されてしまったのだ。
『しかし妹に手を出すことはないでしょう…!』
『……これ以上村に逆らってみろ。貴様自身ではなく、貴様の家族がどうなるかを』
『そんな…っ』
 あんまりだ。折成は自身の頭を血が滲むほど強く引っ掻いた。空砂から半ば無理矢理に成兎を引き取ると、小さな身体を強く強く抱き締める。この人は生贄として育てられた少女だけでなく、罪のない、無関係の少女の命をも奪う男だった。
 里の掟に逆らうことの残酷さを知った折成はその日以降人質生活を余儀なくされることとなり、母親、妹達を守るべく現生贄だという結望の元へ現れた。
 だけど、約束を守れば許されるわけではない。空砂の気が変われば、それは全て奪われてしまうのだ。