お茶と妖狐と憩いの場

「――あれ、帰ったんじゃなかったのか」
 昂枝は社の外へ出ると、海萊が外壁に持たれかかって座っている事に気づいた。
「ふん、……お前らは鈍いな」海萊は腰を浮かすと「外に身を潜めていた敵が居た。だから俺はそいつと話し合いをしていただけだ」
 はぁ、と大きく溜息を吐いて首を鳴らす。
「兄さん――」
「海祢、俺はもうお前に兄だと言われる筋合いはない。……それにお前程力強くも無いからな」
 傍に駆け寄ろうとした海祢を軽く手であしらうと、海萊は柄にもなく落ち込んだ様子で、腰に手を当てながらとぼとぼと村の方へ向かって歩き始めてしまう。
 海祢は海萊の後ろ姿を目で追うが、一人にしてくれ、と聞こえる背中に追いかける事が出来なかった。

 私は眠っている深守をそっと抱きかかえると、折成さん達と共に外へ出る。
 すると、鬼族の民達がこちらへ向かってくるのが見えた。咄嗟に身構えてしまうが、どうやら相手に敵意はなさそうだった。
「あっ! お兄!」
成希(なき)……!」
 折成さんの所へ駆けて来た少女成希さんは、折成さんに抱きかかえられると、嬉しそうに抱き締め返していた。彼女は私が来るまでの間、空砂さんに拘束されていた人質の女の子だ。
「お兄が生きててよかったよ……っだって、お兄まで死んじゃってたら、私達……っ……」
 折成さんは成希さんの背中を擦りながら「あぁ……」と返事をした。「俺は何もしちゃいねぇ……、全部こいつのお陰だ」
 そう言って私の方を向くと、私に気づいた成希さんは「結望姉……っ!」と手を伸ばしてきた。
「結望姉……?」
 私はきょとん、と首を傾げる。
 鬼族の血が入っているとわかったとはいえ、先祖を辿ると人間の血も入っている私の年齢は変わらず十六のままだ。何百年と生きる彼女に姉と呼ばれて良いものなのか。
「結望姉は結望姉だよ!」成希さんは折成さんから降りながら言った。
 代わりに折成さんが、私の元から狐の深守をひょいっと抱えあげる。
「ん、ん……?」
「私の事、助けてくれてありがとう結望姉……!」
「わっ」
 有無を言わさず成希さんに飛びつかれてしまった。初めての経験で思わずよろけてしまう。
 成希さんは私よりもかなり小柄で、人間で言えば十歳程度といったところだ。そう考えると、私はお姉さんなのだけれど。
 私はしゃがみ込み、そのまま膝立ちになった。そして、改めて成希さんを抱き締める。
「……成希さん、私が来るまで頑張ってくれてありがとう」
 こんなにも小さい子が空砂さんの所で一人だったのだ。しかも助け出した時、私みたいに花嫁仕様ではなく、縄で縛られ薄暗い場所で拘束されていた。
 恐怖でいっぱいいっぱいだっただろうに、その時の彼女は一切泣く素振りを見せていなかった。
 私なんかより、ずっとずっと偉い。
 だから成希さんがこうして元気で家族の元へ戻れている事が、何よりも嬉しかった。