お茶と妖狐と憩いの場

「――もうすぐじゃ、あやつらはもうすぐ儂を殺そうとしに来るであろう。しかし儂が何もせず待ち構えるわけがない…杯さえ交わす事が出来ればこちらのものじゃ。鬼族を守る為には生贄は必要不可欠。それを邪魔する者は絶対に許さぬ」
 空砂は上役達に聞こえるように言った。結望を抱きかかえると、建物の少しばかり奥、座布団が三枚敷いてある場所へ移動する。そこへ結望を寝かすと、自身に似つかわしくない溜息を漏らした。
「たかが小娘一人に何故そんな命を賭けれるのじゃ。生贄がいなければこの里はきっと滅びる。それはわかっておるじゃろうに。鬼族は、妖の中で一番じゃ。強い者が残れば良いのじゃ。……そうじゃろう、羅刹様」
 弓矢を手に取ると、空砂は戸口の方を見据える。此処にいる鬼族も皆、思い思いの武器を構える。

 ――その瞬間を見計らったかの様に、戸口が勢いよく開かれた。

「来たか。随分早かったのう」
 空砂はそう言うが否や、外に向かい矢を放った。戸口を開けた深守の顔面目掛けて真っ直ぐに飛んだ矢を、手に持っていた鉄扇子を使って勢い良く弾く。
「結望を返しなさい」
「……ふん、まだ動けるようじゃな」
 もう一度、空砂は弓を引いた。
 深守の隣には宮守だけでなく、鬼族の折成も武器を構えて立っている。いつ、どう動こうか勘案しているところだろう。
 そしてその後ろで狼狽えているのは想埜だ。見る限り戦う脳が無さそうな彼に、上役の数人は真っ先に目を付け、脈略もなく飛びかかっていた。想埜は「わわっ」と言いながらも何とか避け続けると、周りに集まった上役を囲うように水を出現させた。陸地で溺れるという予想外の出来事に、大量の叫び声が上がった。
「やるじゃない想埜ちゃん!」
 深守は想埜に満面の笑みを向ける。
 想埜は本調子じゃないのか、自分の力に圧倒されているようだった。それもそのはず、想埜が自分の能力に気づいたのはついさっきの事なのだから。
「クソッ、やっぱお偉いさん方は一際強いですね!」
 戦闘開始と言わんばかりに右から左からやって来る鬼族の上役達に、槍で蹴散らしながら折成は叫んだ。
「チッ、馬鹿狐! お前は結望の元へ…っ!」
 折成に加勢しながら昂枝は言った。言われなくとも、と深守は隙間をぬって駆ける。その際も正面から空砂の矢を受け続けるが、一つ一つ弾いていく。しかも、丁寧に致命傷を避けながら、尚且つ上役達に刺さるように。
「……っ結望!」深守は奥で眠る結望に手を伸ばす。そのまま眠る彼女を抱き締めると「遅くなってごめんなさい。もう大丈夫よ……」と呟いた。
 空砂はそれを見て、
「……何が大丈夫、じゃ。夫婦杯に間に合わなかった癖によく言えるものじゃ。……のう、折成よ」
「な……!? っしま……!」
 折成は空砂の言葉に気を取られ、近くにいた上役に左肩を切られてしまう。血が溢れ出し、折成の着ている朱色の着物を更に赤く染めた。
「杯……、杯って、まさか……」
 深守は気づいた様に青ざめる。
「っ結望! 結望! 起きてちょうだい! 早く、早く目覚めないと……長に飲み込まれてしまうわ……!」