雨と傘。好きなものが増える、梅雨

 ◇

 そして、とある雨の日。
 私は前方に濡れそぼった学生服の男子が歩いていないのを見て、残念なような安心したような複雑な気持ちになっていた。

「香月」

 そこで突然声をかけられて振り向くと、意外な光景に目を丸くする。

「見てこれ。傘、買ったんだ」

 佐々木君がちょっと自慢げに掲げた傘は、あの日二人で入り、今日も私がさしているのと同じものだった。雨の日にも、青空が見える傘。

「よく傘さす気になったね」

 並んで歩きながら私は佐々木君にそう言った。

「香月と相合い傘した時、この傘良いなと思ってさ。新しい傘ほしいんだけどって言ったらうちの親、びっくりしてひっくり返りそうになってたよ」

 佐々木君は笑っていたけど、私はとっさに傘をちょっと傾けて顔を隠した。
 多分赤くなってるから、見られたくない。
 佐々木君の口から「相合い傘」なんて言葉が出たら、照れるに決まっている。あの日を思い出して、またこの傘を今日選んだとは気づかれたくない。

「虹出るかな」

 佐々木君はちらちら空をのぞいている。でも、今日の天気予報によると明日までずっと雨だから、陽がさす時間はないだろう。

「香月のおかげで雨の日の憂鬱が軽くなった。お礼を言わなくちゃな」
「私、特に何もしてないよ……」

 佐々木君が傘を好きになってくれて嬉しい。その反面、彼が傘を持つのなら私の傘に入ってくれる機会はもうないのだろう。そんなことを寂しく思う自分がどこか可笑しくて、笑ってしまった。

「でも、俺結構ズボラだから、傘忘れることあるかも。もしそういう時、帰る時間が重なったら、香月、また傘に入れてくれる?」
「えっ? あ、うん、いいけど……」
「良かった。俺、実は香月の傘コレクションちょっと気になってる」

 心地のよい雨音が響いていた。
 私は雨の日が好きだったけれど、これからはもっと、好きになりそうで。

 好きなものが、増える。
 それは、とても良いことだ。