雨と傘。好きなものが増える、梅雨

「じゃあさぁ、傘さすのが嫌なら、雨合羽着たら?」
「雨合羽着てる高校生、いる?」
「探せばいるんじゃない?」
「合羽はちょっとな……うちの母親は制服濡らさなければ何でも喜ぶんだろうけど」

 でも、と佐々木君は傘を見上げた。

「雨の日って良いこと一つもないと決めつけてたから、香月の話は目から鱗だった。傘が好きで、傘がさせるから楽しいって思う奴もいるんだな」

 気づけば雨は小降りになり、やみかけている。灰色の雲の合間には青空がのぞいていた。

「他にも雨の日には良いことあるよ」

 私はそう言って傘を下ろした。佐々木君が目を見開く。
 空に浮かび上がる、七色の橋。

「たまにだけど、虹のオプションがついてます」

 それは本当にうっすらとした虹で、目をこらさなければ見えるかどうかといったものだった。
 私と佐々木君はそこで別れて、それぞれ家に帰っていった。

 * * *

 佐々木君と相合い傘をした後。
 クラスでは当然顔を合わせることとなったが、特に言葉を交わしたりはしなかった。それで私もほっとした。
 だっていきなり親密に話をしたりしたら、変な噂を立てられるに決まっている。佐々木君は愛想がないけど、彼女ポジションを狙っている女子は何人かいるのだ。

 ただ、たまに意味ありげに視線が交わることはあった。

(あの日、傘ありがとう)

 妄想かもしれないけれど、佐々木君はそう言っている気がした。だから私も目線で返す。

(どういたしまして)

 伝わったかはわからないけど、佐々木君は気怠そうな目で微かに頷いていたから、これで良かったのだろう。