雨と傘。好きなものが増える、梅雨

「いつも俺の後ろ歩いてただろ」
「……私、付きまとってるわけじゃなくて……」
「知ってるって。家近いから顔合わすの当然だから。そんなことはさておき、持ってる傘が毎回違うのは何でなの?」

 一瞬冷や汗をかいた私はため息をつきたくなった。隠密のごとく気配を消して歩いていたはずなのに、佐々木君にバレていたとは恥ずかしい。
 でも佐々木君は気にしていないようだし、私も気を取り直して話を続ける。

「私は傘が好きなんだよ。だからたくさん持ってるの。コレクションって感じ? 家に傘十本くらいある」
「多っ……」
「お母さんには減らせって言われるんだけど、可愛いのネットとかで見つけるとつい注文してお小遣いで買っちゃうんだ」

 水玉などの柄物の他、可愛いキャラものや、内側だけに模様が入っていたり、柄の形が変わっていたり、傘は本当にたくさんの種類がある。

「俺、最初この傘見てちょっとびっくりしたもんな」

 と私の傘語りを聞いた佐々木君が上を指さした。今日選んだ傘は、内側に青空の絵が印刷されているものだ。
 雨の日は傘をさせるからウキウキする。だから私は雨の日が好きだった。そう私は説明する。

「って言っても、私がそもそも雨の日が好きなのは、明るい理由じゃないんだけど……。私の下の名前は、陽咲。陽に咲くって書いて陽咲なんだ。自分の名前は嫌いじゃないんだけど、キラキラしすぎてて、たまに負担になるっていうか……。いつも太陽に向かって咲いてなくちゃいけないような、プレッシャー? みたいなの感じるんだよね。だから、太陽が隠れてると、時々ほっとするの」

 想いをこめてつけてくれた名前だから、とてもではないがそんな話は両親にできない。でも私は実際キラキラした女子じゃないし、目立つのが苦手だし、傘を頭上にさせばいろんなものから隠して守ってもらえているような感覚になるので好きなのだ。

 こんな気まずい打ち明け話を聞いた佐々木君の反応は、「ふーん」というものだった。
 無言の時間が一分続いてしまい、私は「なんでこんな話をしてしまったんだろう」と錯乱しかけ、大事な傘も放り出して走り去りたくなってしまった。すると、佐々木君が呟く。

「俺は陽咲って名前、可愛くて良いと思うけど。ま、香月にとってはそういう問題じゃないんだよな」

 可愛い、の言葉に動揺して傘を落としそうになった私は柄を強く握り直した。佐々木君が言っているのは、「陽咲」という名前の一般的な感想だ。慌てる必要は一切、ない。

「悩みって人それぞれだよね」

 私がそう言うと、佐々木君は頷いた。佐々木君は頑なに傘をさそうとしないので、お母さんから散々叱られ、呆れられているようだ。幼稚園児じゃあるまいし、高校生にもなってわけのわからないこだわりを貫いているんじゃない、と。