雨と傘。好きなものが増える、梅雨

(なんでなの、佐々木君。どうして傘、ささないの……)

 うつむいてため息をついた私は、顔を上げてはっとした。
 道路の前方から車がかなりのスピードを出して走ってくる。その先には大きな水たまりがあった。このまま行くと、まず間違いなく、佐々木君が水をかぶってしまう。

「あ、あ、あぶ……!」

 危ない、という警告の声は喉につっかかって出て来なかった。私は内気で、大声を出す機会なんてないから発声方法がわからないのかもしれない。
 とにかく走って、佐々木君に追いつくと、傘を道路側に傾けた。車は歩行者がいるのに減速せず、水たまりに突っ込んで盛大にしぶきをあげる。多少はかぶることになってしまったものの、私は大きめの傘でどうにか水しぶきの大半をガードした。

「え?」

 背後から怪訝な声が聞こえて振り向くと、佐々木君が眉をひそめている。
 うわ。ヤバい。お前誰って言われるかも。急に近寄って、キモいとか思われたらどうしよう。

「あ、あの、み、水たまりが」
「香月の傘、デカくない?」
「は?!」

 今度は私が素っ頓狂な声をあげる番だった。

「私の名前……、知ってるの?」
「いや、そりゃあ、同じクラスだから名前くらい知ってるけど……名前知ってたらおかしい?」

 私は無言でぶんぶん首を横に振った。陰キャ女子なんて大半の男子の視界には入らないと思っていたけど、そういえば佐々木君ってテストの成績はいつも上位だし、記憶力が良いから私のことも覚えてくれてたのかもしれない。

「……もしかして、水しぶきから守ってくれた?」
「はあ……」

 間近で佐々木君を見て、余計なお世話だったなぁと反省する。何故なら彼は、もうそこそこ濡れていたからだ。

「あの、嫌じゃなかったら傘、入りません? これ以上濡れると風邪ひくかもだし……」
「何で敬語?」
「なんとなく……」

 するとそこで、佐々木君がふふっと笑った。

(佐々木君が笑うところ……初めて見た、かも)

 小さな宝石に光が当たってキラリと輝くような、雲間からさっと地上に降る陽光のような、わずかだけれど魅力的な光を思わせる笑顔だった。
 女子を騒がせる顔面なだけあって、笑うとさらに綺麗に見える。

「じゃあ、入れさせてもらおう」
「はい」