「……あのカシスオレンジの味が、ずっと忘れられなかった」
あの商品企画を行ったのも、思い出の消化としてだった。いつも私の思い出の基準は、あの夜のことだから。
「あの時、逃げなければ良かったって、ずっと思ってたの」
それでもずっと後悔は残り続けていた。
もし逃げなければ、彼から話の続きが聞けたのだろうか。
そう何度も思った。だけど、祖父との関係もあるし……私は怖くて、あれから彼に会う機会を徹底的に避けていた。
あれはただ私をからかっていただけかも知れない。そう思う気持ちが強くて、自信がなくて、一歩を踏み出せなかった。
「俺もあの時、ちゃんと気持ちを伝えてたらって、ずっと後悔している」
彼は反対の手を、私の頭に持ってくる。掌が優しく髪の毛を撫でた。
そして目を細めて、私を見つめた。
「続きはこの後で……いい?」
彼の優しく細める目元は、昔からのまま。
いつでも私の思い出の基準の中はこの人で……やっぱり思い出にするには、気持ちが大きすぎる。
──今も昔も、心を動かされるのはこの人だけだ。
こくりと頷くと、彼は優しく肩を抱いた。
「さぁ、行こうか」
彼は私の手を引いて会社を後にする。
「思い出のカシスオレンジでも、飲みに行こうか」なんてことを言いながら。



