リンゴソウ

「なるほど……ご協力、感謝します」
ビシッと敬礼をして、2人の警官は先生と一緒に教室を出ていく。
「あいつもバカだよな。リンゴソウの噂なんか鵜呑みにして」
爽矢がポツリと言った。
リンゴソウには言い伝えが存在する。
触れると24時間後に死ぬが、解毒剤を飲み、助かった者は永遠の命を授かる……というのが1つ。
もう1つは……24時間後に死ぬとき、苦しまずに楽に死ねる、というもの。
穏やかに眠るように、呼吸が止まるんだそうだ。
写真の男は笑っていたが、袖の辺りから傷が覗いていた。
苦しまずに、死にたかったんだろうか。
死んだからって、楽になるとは限らないのに。
あの男は、警察に保護されて、事情をきかれていると聞いた。
時計を見ると、午後5時半を過ぎている。
「あの人、大丈夫だったのかな……」
佳奈が俯きながら呟く。
「助からないと思う」
解毒薬なんて、ここ数十年見つかっていないんだから、と二胡。
「たしかにねー」
と三来。
俺も三来に賛成派だった。
「みんな遅くまで悪かったな」
ドアを開けて、担任が入ってきた。
「事情聴取が終わったから、解散していいぞ」
「はーい」
カバンを肩に引っ掛け、外に出る。
「自分からは絶対死にたくないなぁ」
佳奈は、自分のカバンに付いたキーホルダーを弄びながら言う。
「しょうがないよ、あの人大学生だよ?大人だよオトナ。まだ中学生のガキには、大人の悩みなんてわかんないよ」
二胡が皮肉っぽく言うと、三来が「そうなのかなぁ」と相槌を打つ。
外に出ると、辺りは紫とピンク、鮮やかなオレンジのグラデーションを生み出していて、校舎を美しく染め上げていた。
「やっぱり、将来のことなんてわかんねぇもんなんだな」
爽矢は足元の小石を思いっきり蹴り飛ばす。
「人生なんて、そんなもんだよ」
優しくたしなめる佳奈。まだ中学生だけどね、と笑う。
「帰り道はさ、この話やめよ?」
二胡が微笑むと、みんな空気を軽くさせて、明るい話を始めた。
授業中の、教科担任の面白かった話。所属している部活の話。放課後にあったできごと。
話すことや話題はたくさんあって。
二胡と三来とは分かれ道でバイバイして。
階段を登った先のマンションで爽矢とバイバイ。
2人きりになったとき、佳奈が口を開いた。
「あの人、大丈夫かな……」
1粒の雨が、佳奈のきちんと結ばれたリボンに落ちる。
「きっと大丈夫だよ」
そんな薄っぺらい言葉をかけて、佳奈の頭をそっと撫でた。