指針の刻む音が響く室内。クロードは資料から目を離し、顔を上げて眉を顰めた。

「……おい、言いたいことがあるならハッキリと言え」

視線の先にいるのは、クロードの補佐で腐れ縁でもあるオリヴァーだ。グレーの前髪で片目を隠していることから、周囲からは『ミステリアスで素敵』だと言われていることを知っている。
しかしこの男の本性を理解しているクロードとしては、その認識は腑に落ちなかった。

「いいえ?別に言いたいことなんてありませんよ。公爵様のアプローチの仕方が下手すぎてドン引きしているだなんて、思っても言いませんよ、ええ」
「全部口に出してるが」

クロードはバツが悪そうに一瞬顔を逸らすけれど、すぐに考えを正して反論した。

「そもそも元はと言えば、お前がせっついたからこうなったんだろ」
「確かにそうですね。ですがそれは『いつまでも初恋を拗らせていないで、いい加減アピールの一つや二つしてみたらどうですか』という意味であって、決して『脅して恋人になりましょう』という意味ではありませんでした」

まさかあんな斜め上を行くだなんて私も思いませんでしたよと、オリヴァーは息を吐いた。
クロードは言い返すことができず押し黙る。
やり方を間違えてしまったのはクロード自身も分かっていた。しかし、口に出してしまった言葉を取り消すには遅く、既に取り返しのつかない所まできてしまっていた。

「なぜ俺はあんなことを言ったんだ……」

思い返すほど後悔に襲われる。クロードは頭を両手で抱えた。結局リリアンからの返答は保留になったとはいえ、今はまるで死刑宣告を待つ罪人のような毎日だった。

「ですが公爵様の気持ちも理解できます。あのまま素直に告白した所で、ただ振られて終わるのがオチですからね」
「補佐官ならもう少し慰めることを言ってくれ」
「一切眼中になかった中で、ようやく視界に入れたのですからかなりの進歩です」
「……そうか?」
「ええ。その代わりに好感度は最悪のスタートですが」
「上げて落とすのはやめてくれ」

慰めるどころか更に傷を抉ってくる友人に、クロードは相談する相手を間違えたと心から思った。



***



「ははっ、ははは!」

パタンと馬車のドアが閉じた瞬間、クロードは身体を震わせた。込み上げてくる笑いを我慢できなかった。

「……公爵様、その笑いは悪党のそれですよ」
「なんとでも言え。聞いただろう?さっきの言葉を」

明日リリアンはブローチを持ってくると言った。つまり、答えが聞けるという意味だ。
その答えは十中八九クロードが望んでいるものだろう。ブローチなんてどうでもいいから、早く答えを聞きたかった。
会うための口実として渡したブローチだけど、今は無駄なことをしてしまったとクロードは悔やんでいた。

「今日の様子を見る限り、私も良い返事が貰えるとは思いますが……」
「なんだ、ハッキリ言え」

何やら考え込むオリヴァーを促す。勝機を掴んだクロードにはもう怖いものはなかった。

「はい。なら遠慮なく言わせて頂きますが、実際になるのは恋人ではなく契約関係ではないでしょうか?」
「……」
「公爵様自らお互いのメリットを提示しておられましたし、ハーシェル令嬢も一時的なものだとお考えかと思うのですが」
「……」

クロードは黙った。断られない為にと口にした自分の言葉が、結果的に首を絞めることになるだなんて。

「いや、心は後からでも手に入れる機会はあるはずだ」

一度恋人になれば、もう婚約したも同然だった。細かいことは順番に片付けていけばいい。

「それは完全に悪役の台詞ですよ」

オリヴァーの突っ込みを諸共せず、クロードは口角を上げた。

一方で、悪魔のような笑顔を目にしたオリヴァーは今からでもクロードを止めるべきか考える。
長年リリアンを一途に想ってきた彼を知っているから、少しでも報われてほしいと願って助言をしただけなのに、こんなことになるだなんて夢にも思わなかったのだ。

社交界の花と言われている愛らしい令嬢にアピールされた時は無言で無視して相手にすらしていなかったし、誰が見ても美人で男なら多少は揺らぎそうな令嬢に裸で誘惑された時ですらも顔を顰めて「不快だからソイツを早くつまみ出せ」の一言で終わっていた。

だから予想もしなかった。本命相手にはあそこまで恋愛下手になるだなんて。
好きな子虐めなんて今時、子供でもしない。
リリアンだって、自分がクロードから好かれているだなんて全く想像もしていないだろう。

このままクロードを放置したら今度こそ、彼が傷つく結果になるのではないかと心配だった。
それよりなら今からでも撤回して、本当の気持ちを伝えてから振られた方がマシなのではないだろうか。
そんなオリヴァーの心中など知らずに、クロードは上機嫌で口にする。


「ああそうだ、今回はお前の助言のお陰でもあるからな。来週は三日間休んでいいぞ」
「……」


その瞬間、オリヴァーは決めた。上手くいかなかったら、その時また改めて考えればいいと。主の幸せは従者の幸せ。
今回オリヴァーは見守ることにした。