決勝戦は第三騎士団副団長のユリウスと、第五騎士団副団長であるロルフで行われた。
ロルフはツンツンと尖った短髪に目の下には傷痕があって、かなり体格がいい騎士だった。

「きゃあ!ユリウス様頑張って〜!」
「行けロルフ!お前が俺らの希望だ!頼むユリウスを倒してくれーー!!」
「……」

令嬢や婦人の声援を受けるユリウスとは反対にロルフは野太い声援を浴びていて、どうやら同性に人気があるようだった。

試合開始の合図が鳴り、辺りがシンと静まり返る。
先に動いたのはロルフの方だった。

――キンッ

遠くからでもハッキリと耳へ届くほど、重い一振が下ろされる。ユリウスとロルフの身長は数センチ差だけど、体格はロルフの方が圧倒的に良い。だから力の差もロルフの方が上なはずだ。

ユリウスはロルフの剣を両手で受け止め、そのままいなす。
そして足を踏み込んで今度は自分から剣を振った。

「……っ」

リリアンは息をするのも忘れて試合を見守る。それはきっと他の人も同じだろう。会場全体が静寂に包まれていた。あまりにも速い剣捌きに、リリアンの目は追いつかずにいたけど。

暫く剣のぶつかり合いは続き、ついに決着がついた。剣が宙を舞い、ユリウスがロルフの首へ刃先を向ける。

「しょ……勝者、ユリウス・ハーシェル!」

瞬間、揺れるくらいの歓声が轟いた。会場にいる皆がユリウスとロルフの両者に、賞賛や労りの声をかける。それくらい、とても凄い試合だった。

「はぁ……」
「やっぱ強いわね、アンタの弟は」

リリアンは深く息を吐いた。ずっと緊張していたせいか、一気に脱力感が襲ってくる。ソフィアの言葉に、辛うじて頷いた。


太陽がユリウスを照らして、白銀の髪がキラキラと輝く。
その勝利に誰よりも喜んでいるはずなのに、リリアンはなぜか泣きたくなった。
ユリウスの背中を見つめながら、今ユリウスが自分に気付かなくてよかったと心から思う。

もう決断の時だった。



***



「じゃあ明日も同じ時間にね」
「ええ、ありがとうソフィア」

お礼を伝えながらソフィアを見送る。実際そんなに興味がないはずなのに、わざわざ付き合ってくれたのだ。リリアンは心から感謝していた。

「あの、公爵様はいつまでついて来られるのですか?」

しかし、この男は別だ。感謝どころか、寧ろ若干の迷惑さを感じていた。
試合が終わり会場を出た後も、なぜかクロードはリリアンの後ろを着いてきた。最初から一緒に来たとでもいうような、さも当然の顔で。

「まだ答えを聞いていないからな」
「待つと言ってくださったのは公爵様ではありませんか」
「確かに言ったな。だが、もう答えは決まっているのだろう?」
「……」

その問いにリリアンは何も答えなかった。代わりに一つ質問を投げかける。

「公爵様は、忘れられない出会いのようなものはありますか?」
「……なぜそんなことを聞く」
「ただ聞いてみただけです」
「それなら君はどうなんだ?」

リリアンは顔を上げて、空を見上げた。透き通るような青空が視界を埋め尽くす。それはまるであの日のようで。

「ありますよ。と言ってもユリ、……本人は覚えていないんですけど。でも、良いんです。代わりに私が覚えているので」

今度は笑って、リリアンは答えた。

「それで、公爵様は?」
「――あるよ」

てっきり適当に躱されると思ったのに、彼は肯定した。やさしい声色で柔らかくクロードが微笑むから、リリアンは思わず目を奪われてしまう。

「意外そうな顔だな?」
「えっいや、そんなことは……」

ぼうっとするリリアンをクロードは意外そうな顔をしたと勘違いしたようだ。見惚れていたなんて言える訳もなくて、リリアンは誤魔化した。
クロードはそれ以上のことは何も語らなかったけど、リリアンは少し親近感のようなものを抱いた。仲間意識、といった方がいいだろうか。
そのお陰か、苦手意識も多少は和らいだ気もする。

「先日の返答は後日に改めさせてください。今日はお借りしているブローチを持ってきていませんので」
「では明日は必ず持ってこい」
「……公爵様ってせっかちだと言われませんか?」

確かに後日とは言ったけども。あまりに近すぎる日にちにリリアンは苦笑う。クロードは「よく言われる」と予想通りの返答をした。

目的を果たしたのでそこでお別れかと思いきや、結局クロードはリリアンが馬車に乗るまで見送ってくれた。