「リリアン!」

手を上げて自分の名前を呼ぶ友人の元へ、リリアンは駆け寄る。人混みが凄くて、たった数メートル先に進むだけでも一苦労だった。

「予想はしてたけど凄い人ね」
「一大イベントだから仕方ないわ。初日でこれなら、明日はもっと酷いわよ」

友人のソフィア・ヘクターが溜息混じりに口にする。リリアンも同意だと頷いた。


今日は剣術大会の予選が行われる日だった。
年に一度のこの大会はトーナメント式で、騎士団に所属するほぼ全ての者が参加する。一般公開もされているかなり大規模なイベントだ。

「きゃああ!アンリ様ー!」
「バートさまこっち見てー!愛してますー!」

一人、また一人と、新たな選手が入場する度に黄色い声援が飛び交う。皆の熱量が凄まじくて、観戦席に座っているリリアンは圧倒されそうだった。
第一試合も折り返しを過ぎて、会場が温まってきた頃。

「次はお待ちかねの方も多いのではないでしょうか?第三騎士団、副団長――」
「きゃああああ!!」
「ユリウス様ーーー!!」

ユリウスが入場した瞬間、司会の声はかき消され、爆発するような歓声が会場を満たした。
白の団服を纏い、剣を手に取るユリウスはとても格好良くてリリアンは思わず見惚れてしまう。

「相変わらず偉く人気ね、アンタの弟は」
「ええ、私も驚いてる」
「これはさすがに、相手の選手に同情しちゃうわ」

普段は絶対そんなことを言わないであろうソフィアが思わず憐れんでしまうくらい、圧倒的な試合だった。
キンキンキンッと何度か金属がぶつかり、短い時間で決着がつく。

「勝者、ユリウス・ハーシェル!」
「やった!」

嵐のような歓声を一身に浴びながら、ユリウスは退場していく。リリアンはその後ろ姿を見送りながら、ぐっと胸元で拳を握る。

ソフィア同様、相手の選手に対して不憫に思う気持ちは少なからずあったが、それよりもユリウスに勝ってほしい気持ちの方が上回ってしまったのだから仕方のないことだった。

それから第二、第三試合と回っていき、ついにユリウスは決勝まで進んだ。

「うう……緊張する!」
「何をそんな緊張することがあるのよ。どうせアンタの弟が勝つのに」

そわそわと落ち着かない様子のリリアンに、ソフィアは呆れ顔で言い放つ。
確かにユリウスが負けるはずがない。それでも緊張するものはするのだとリリアンは言い返したかったけど、心が忙しなくそんな余裕はなかった。

「ねえソフィア、ちょっとその辺散歩しない?あと三十分もこのままじっとなんて待ってられないわ」
「やーよ。面倒臭いもん」
「そう言うと思ったけど……」
「なら俺と行くか?」
「え?」

落胆する背中に誰かが声をかける。咄嗟に振り向いたリリアンはその顔を見て「げっ!」と令嬢らしからぬ声を出してしまった。
リリアンの反応を真正面から受けたその人は片眉を上げながら、不満そうに口を開く。

「随分な反応だな」
「公爵様がなぜ……いや、それよりも一体いつから後ろに……!?」
「つい先程だ。君は試合に夢中で全く気付いていなかったが」

驚いたことに、後ろにいたのはウィノスティン公爵だった。面食らうリリアンの耳へと、周囲のざわめきが届いてくる。

「ねぇあの人って……」
「ウィノスティン公爵様だわ!公爵様も試合を見にこられたのかしら」
「お話していらっしゃるご令嬢はどなたでしょう?」

クロードの言葉通り、試合に集中し過ぎるあまり全く周囲を見ていなかったリリアンは、知らぬうちに集まっている視線に内心悲鳴をあげた。

「こんなに人目がある所で話しかけられたら困ります、公爵様」
「知った顔が見えたから挨拶しに来ただけなのに、そんなことを言われたら傷付くじゃないか」

笑いながら言われても全然説得力がありません!
どこか別の席に移ってほしいのにその場から動く気配が全くなく、リリアンは困ってしまう。

「ちょっと、ウィノスティン公爵と知り合いなの!?」
「いや全然知り合いとかじゃなくて……」
「ああ、知り合いよりもっと深い仲だ」
「へぇ〜リリアンってばやるじゃない」
「違うから!お願いですから公爵様、割り込むのはやめてください……!」

ソフィアとの会話にクロードが混迷を持ち込んでくる。なぜかどんどん彼のペースに乗せられているようで、リリアンは少し悔しくなった。