「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております!」

首都にあるアクセサリー店を後ろに外へと出れば、真上に昇った太陽が顔を照らす。眩しさで目を細めたリリアンの頭上に、影がかかった。

「日差しが強いから、しっかり被ってて」
「ありがとう、ユリウス。せっかくのお休みなのに付き合ってもらってごめんなさい」
「気にしないで。これくらい言ってくれれば、いつでも付き合うよ」

ユリウスは手に持っていたボンネットを、リリアンの頭に被せてくれる。
優秀な弟に従者のようなことをさせてしまい申し訳なく思うけれど、止めた所でユリウスからは「俺がやりたいからいいの」と言われてしまうだろうことは予想出来たから、そのままリボンを結んでくれるのを静かに待った。

「姉さん……あんまり見られるとやりにくいんだけど、どうしたの?」
「えっ!?ううん、ただユリウスも大きくなったなと思って」
「何それ、変な姉さん。はい、できたよ」
「ありがとう」

リリアンのお礼に、ユリウスは親から褒められた小さな子供のような笑顔で笑う。

「それにしても、姉さんとこうして出掛けたりするのも久しぶりだね」
「ユリウスは副団長だし忙しいもの。私なんかがユリウスの時間を奪うわけにはいかないわ」

今日だって、せっかくの休みなのに自分の買い物に付き合ってもらってリリアンは申し訳なく思っていた。
しかしユリウスは、リリアンの発言にムッと唇を尖らせながら反論する。

「私なんかって言わないで。俺にとっては誰よりも大事な姉さんなんだから」

以前までなら、ただ胸を締め付けていただけの言葉だっただろう。

「……ええ、ありがとう」

けれど、ここ暫くの間――正確には一ヶ月半ほど前。ユリウスと出会った場所へ再び訪れてからというもの、リリアンの心の中は不思議と落ち着いていて、ユリウスの言葉をすんなり受け入れることができた。

素直に頷けば、ユリウスも満足したらしい。リリアンは雰囲気を切り替えるように話題を変えて、大通りに向かって足を踏み出した。

「用事も終わった事だし、どこかで休憩でもする?ユリウスが他に行きたい所があれば――」
「姉さん後ろ!危ない!!」
「え?」

くるりと振り向いた瞬間、ユリウスが酷く焦った顔でこちらへ手を伸ばしてきた。
一体どうしたのだろうと状況を把握するよりも先に、視界いっぱいに影が広がる。

ヒヒーンッと馬が鳴く音が耳に響く。反射的に目を瞑ったと同時に腕を引かれて、強く抱き締められた。


「――ぇさん、姉さん、しっかりして!」
「あ、ユリウス……」
「大丈夫!?怪我は!?」
「ええ、大丈夫よ」

ユリウスが深い溜息を吐きながら腕に力を込めてくる。その腕が少し震えているのに気付いたリリアンは、宥めるよう彼の背中に自分の手を回してトントンと優しく叩いた。

「ユリウスのお陰で何ともないわ。助けてくれてありがとう」
「……本当に驚いたんだから。気を付けてよね」

分かったわ、と呟くリリアンにユリウスは何度も「絶対だからね」と念を押した。



***



「弟とのお出かけは楽しかったか」

買い物やお茶を終え、帰宅した夕方。伯爵家の応接室では、何故かクロードが待ち構えていた。組んだ指に顎を乗せた姿勢で。まるで今から尋問でもされそうな雰囲気だ。

「ええ、とても楽しかったですよ。ね、姉さん」
「ゆ、ユリウス!」
「君には聞いていないが」

横にいたユリウスから同意を求められ、リリアンは慌てる。クロードは不快そうに目を細めた。
二人に接点はなかったと思うけれど、一体どうして仲が悪そうなのか。原因が分からないからどうすることもできない。


「クロード様はどうしてこちらに……?」
「お茶でもどうかと誘いに来たんだが、そんな時間は過ぎてしまったようだな。代わりに夕食でも一緒にどうだ?」
「申し訳ありませんが、姉さんは俺との先約がありますので」
「日中はずっと独占していたんだから、夜は恋人に譲るべきじゃないだろうか」
「それを言うなら、公爵様だっていつも姉さんと出掛けたりしているじゃないですか。休みの日くらい、家族に譲ってください」
「何を言ってるんだ。俺はたった週に一回、多くても二回しか――」

「二人とも落ち着いてください!」

どんどんヒートアップする言い合いに、リリアンはストップをかけた。どっちを選ぶんだと問われる視線が、両側から向けられる。

「み、皆で食べましょう……」



そう言ったことを、リリアンはすぐに後悔した。てっきり解決したとばかり思っていたのに、食事中もずっと続けているのだ。

リリアンはメインのステーキを噛み締めながら、繰り広げられる言い合いに挟まれる羽目になった。

「リリアン、今日はどこに行って来たんだ?」
「姉さん、今日は楽しかったね。次はどこに行こうか」
「……今、俺が話しているのが見えないのか。ハーシェル家の弟君はマナーがなっていないようだな」
「先触れもなく来られた公爵様ほどではないですよ」

誰か助けて……心の中で呟く。一度止めても、すぐまた別の話題で口争ってしまう。だからリリアンは諦めて、無心でお肉を口に運んだ。それなのに。

「姉さん、リスみたいで可愛い。俺のも食べていいよ」
「リリアンはハムスターだろ。こっちのが美味いぞ。俺が切ってやる」
「いえ……私は大丈夫なので二人が食べてください……」

食い意地を張っているように見られたらしい。二人の反応に、リリアンは釈然としない心境だった。

「クロード様、少し散歩でもいかがでしょうか?」
「じゃあ俺も――」
「ゆ、ユリウスは明日しましょう……!」

二人を同じテーブルに座らせたことを深く反省していたリリアンは、食事が終わってすぐに引き離すことに決めた。
自分も行くと立ち上がるユリウスに申し訳なく思いながら断れば、クロードがフッと勝ち誇ったように口角をあげる。

「すまないが、ここからは恋人の時間だ。行こうリリアン」
「くっ……」

ただ庭園に行くだけなのに、ユリウスは本気で悔しそうにしている。そんなに行きたかったとは知らず、可哀想なことをしてしまった。もしかしたら、仲間外れのような気持ちだったのかもしれない。
明日こそは絶対ユリウスを誘おうと、リリアンは決意した。