「それで公爵様は、リリアンを妻にと考えておられるのでしょうか?」
「ごほっ」

席へ着き開口一番。とんでもない質問にリリアンは果実水を吹き出しかけた。

「大丈夫かリリアン、もしかして体調でも……」
「いいえ元気です!」

爆弾発言をした張本人が心配そうに問いかけてくる。下手をすれば「体調が悪いなら部屋で休んでいなさい」と追い出されてしまう可能性があると察知したリリアンは、素早く首を振った。しがみついてでもここを離れる訳にはいかないと。
クロードならきっと上手くやるだろうことは分かっている。問題は自分の父親の方だった。

今回の件は公爵家と繋がるチャンスでもある。その機会を逃さずに、一秒でも早く縁談を進めようとするのが普通だろう。
しかし、リリアンはそろそろ婚約者の一人や二人居てもいい年齢にも関わらず、一切そういう話が出たことはなかった。
だから、リリアンの父が一体何を考えているのか予想がつかないのだ。

「まあ、お父様。妻だなんて……少々気が早いですわ。クロード様もそう思いません?」

リリアンは頬に手を添え、目を伏せる。とにかく今はこの状況を乗り切るのが先決だった。

「そうだな。しかし伯爵の言葉も一理ある」
「そ、そうでしょうか……?」
「ああ。大事な娘が弄ばれているんじゃないかと、不安になっても仕方ないだろう」

クロードは一人納得するかのように頷く。そして真摯に口を開いた。

「伯爵がリリアンを心配する気持ちは十分理解できる。決して軽い気持ちで付き合っている訳ではないから安心してほしい」
「そうですか」

伯爵が納得したように首を縦に振る。その肯定的な態度に、リリアンは無事乗り切ったとホッと息をつき、喉を潤すためにグラスを傾けた。

「そして」
「?」
「いずれはリリアンを妻にと考えている」
「ごほっごほっ」

リリアンはまたも果実水を吹き出しそうになったけれど、何とか耐えて無理やり飲み込んだ。クロードが「どうしたんだリリアン、大丈夫か」と心配してくれるけど、今はそれどころじゃなかった。

恋人と婚約者ではかなり状況が変わってしまう。いつでも別れられるような自由が利く恋人とは違い、婚約者は契約で結ばれるからだ。それはクロードも分かっているはずなのに。
この関係が終わった後のことを考えたら、不安になった。クロードと別れた後は噂がまた回ることになるだろう。そんなリリアンのことを果たして誰かがもらってくれるのだろうかと。

「……」
「リリアン?どうした?」
「クロード様、責任は取ってもらいますからね」

だからリリアンは決めた。もし嫁の貰い手がなくなりそうな時は、責任もってクロードに良い人を紹介してもらうと。「ああ、勿論だ」と頷くクロードに「言質を取りましたからね!」とリリアンは心の中で叫んだ。



その後はつつがなく流れた。

「リリアンとはいつお知り合いに?」
「親しくなったのは先日の夜会がきっかけだ。今までは一方的に見ていることしか出来ずにいたから、今こうして隣に居れることを幸福に思っている」
「なんと!まさかアプローチしたのは公爵様の方からでしたか!?」
「ああそうだ」

伯爵は驚愕した。勿論、伯爵から見るリリアンは世界一可愛い娘ではあるが、それでも驚くものは驚くのだ。
一方でリリアンはクロードの口の上手さに感服していた。『条件に合いそうだと目をつけていた』の事実を『一方的にずっと見つめていた』というロマンティックな表現に変えるだなんて。上手い嘘の付き方は、嘘の中に真実を混ぜる事だと聞いたことがあったけど、どうやらあれは事実だったらしい。
真実性が増したおかげで、全く疑われている様子はなかった。

「お父様、お酒はもうそのくらいにされた方が……」

だから安心したのだろうか。どんどんワインを飲むペースが早くなっていく伯爵に、リリアンは制止をかけた。
伯爵は赤らんだ顔で「そうしようか」と頷きつつも、またグラスを傾ける。

「そうか、リリアンも良い人を見つけたのか……もし見つからない時は、ユリウスに頼むつもりでいたんだけど……どうやら不要だったみたいだね」
「え?ユリウス?」

突然出てきた今不在中の人の名前に、リリアンはお酒を飲む手を止めるのも忘れて聞き返す。

「そうだよ。リリアンはユリウスと結婚させるつもりだったんだ」

発せられたその言葉に、リリアンはまるで鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。