「こっちの方がいいんじゃない?」
「いいえ、お嬢様にはもっと淡い色の方が……」
「分かってないわね、お嬢様に一番似合うのはこれに決まってるでしょう!」

かれこれ十数分。激しい口論が繰り広げられる中、間に挟まれたリリアンは「私はどれも好きよ」と三人を宥めた。
何故こんなことになったのかというと――それは数時間前まで遡る。



***



「お嬢様おはようございます。今日は一段とお早いですね」
「ええ、約束があるの」
「まあ、どこかに出かけられるのですか?」

朝一番。普段よりも早起きをしたリリアンに侍女のサラはカーテンを開けながら、気軽に口を開いた。
ふわぁと小さく欠伸をするリリアンを微笑ましく見つめて「ソフィア様かユリウス様と遊びに行かれるのかしら」とサラは考える。

自分のお嬢様はとても愛らしい。例えるならそう、桃の花のように。自分たちのような使用人に対しても優しく接してくれる性格の良さも持ち合わせていて、自慢のお嬢様だった。
しかし、一つ問題があるとすれば……全く異性に興味がないということだ。お嬢様は目立つような方ではないけど、それでもその愛らしさ故に何度か異性からアプローチされたことはある。
しかしお嬢様は自分のことには鈍感で、アプローチされたこと自体、気付いてもおられなかったけど。
お嬢様が鈍感なのはきっと、小さな頃から間近でユリウス様を見続けてきたからでもあるのだろう。
ユリウス様は誰が見ても見目麗しい容姿で、剣の実力もある。褒め称えられるのはいつだって、ユリウス様の方だった。
そんな弟のことを憎く思ったって仕方ないはずなのに、お嬢様はいつも誰よりユリウス様の活躍を喜び応援した。
その度に、サラは思ったのだ。ああ、誰かにこの小さくも美しい花を見つけてほしいと――

「クロード様と演劇を見に行くのよ」
「…………!?」

まるで近くのカフェにお茶をしに行くかのような軽い口調で言ったリリアンの言葉に、サラは驚愕した。今すぐにも叫んでしまいそうだったが、必死で耐える。

「く、クロード様と言うと……?」
「クロード・ウィノスティン公爵様よ」
「ウィノスティン公爵様!?」

そして、今度こそ我慢できずに声を上げた。ウィノスティン公爵といえば、彫りが深い端正な顔立ちでユリウス様同様、周囲からの人気が凄まじい人物だ。家柄も文句無しなので狙っている女性は数え切れないほどいる。しかし当のウィノスティン公爵は女には全く興味がなく、どんな美人がアプローチしても一切動じることがない鉄壁の公爵と名高い。
それが一体何があってうちのお嬢様と出かけることになったのか、サラは混乱した。
それにお嬢様もお嬢様だ。誰もが羨む公爵様と出かけるにも関わらず、どうしてそんな呑気にしていられるのかと!

「こうしてはいられません!もっと人を呼んで来なければ!」
「へ?」

拳を握り締めながら突然気合いを入れたサラは、リリアンの返答を待つことなく部屋を出ていく。戻ってきたあとは厳正なる抽選に選ばれた侍女たち三人によってリリアンは念入りに準備させられた。

そうして今は最後の関門――ドレス選びを突破し、リリアンはようやく息をついたのだった。

「とても素敵ですお嬢様……!」

サラの言葉に、他の侍女たちも同意するように頷いた。リリアンは照れくささを感じながらも「ありがとう」と一生懸命準備してくれた皆へお礼を伝える。

「ウィノスティン公爵様が到着いたしました」
「今行くわ」

部屋から出て玄関ホールへ向かうと、迎えに来てくれたクロードが静かに佇んでいた。涼しげな彼の目がリリアンを見つけ、柔らかく細まる。

「お待たせしてすみません、クロード様」
「いいや、俺が少し早く着いてしまっただけだから謝る必要はない。君に会えると思ったら待ちきれなくてな。その服は俺の為に選んでくれたのか?」
「はい」

……選んだのは侍女たちだけど。しかし、それを伝えるほどリリアンは野暮ではないので頷くだけに留める。

「そうか。君が俺だけのために着飾ってくれたなんて夢のようだ。今日の君はまるで春の妖精みたいに愛らしく、できることなら誰にも見せたくない」
「お、大袈裟ですわクロード様……!そろそろ行きましょう」
「ふっ、そうだな」

段々恥ずかしくなってきたリリアンは話題を変えて足を踏み出す。クロードの演技があまりに上手すぎて、ちゃんと合わせられるか少し不安になった。

「リリアン」
「え?」
「一人でいかないでくれ。今日はせっかくのデートなんだから」

するりと、クロードの長い指先がリリアンの手の甲を撫でて、二人の指が絡まる。誰かの悲鳴が聞こえた気がするけど、何も考えていられなかった。

無事一日を終えられるのか。
少しじゃなくかなり、リリアンは不安になった。