「こほんっ」

沈黙に包まれる中、小さな咳払いが鳴り、リリアンはハッと我に返った。
それはクロードも同じだったのだろう。重なっていた影が離れていき、視界が明るくなっていく。

「……話が長くなったな。部屋を用意するからそろそろ休むといい」
「い、いえ!今日は帰ります。いきなりの外泊はお父様が驚いてしまうかもしれませんので」

泊まって行けと言ったのはどうやら本気だったみたいだけど、リリアンは丁重に断った。
ユリウスはともかく、お父様が男の人の家、それも公爵家に泊まると聞いたら絶対に驚かせてしまう。
恋人だと噂が広まればどちらにしても驚くことにはなるだろうけど、外泊よりかはまだマシなはずだ。

「確かにそうだな、では家まで送ろう」
「ありがとうございます」

リリアンは有難く甘えることにした。馬車がないと家に帰れないので。そうしてクロードは門の前まで送ってくれ……

「……クロード様?」

なぜ馬車に足を掛けているんですか?怪訝そうなリリアンとは反対に、クロードはさも当然のような表情で口にする。

「?家まで送ると言っただろう」

馬車を貸してくれるという意味だと思っていたのに、まさかの言葉通りの発言だったと知って動揺する。
このままじゃ本当に家まで着いてきてしまうと察したリリアンは、失礼を承知で扉を閉めた。

「お見送りはここで大丈夫ですので。今日はありがとうございました」
「チッ」

見送りついでに、外堀から埋めようとして失敗したクロードは舌打ちをする。しかしそんなクロードの心境など知りもしないリリアンは何故舌打ちをされたのか分からず、びくりと肩を跳ねさせた。
その場で唯一クロードの思惑を理解していたオリヴァーは、せっかく上がりかけていたリリアンの好感度がまた下がっていくのを感じ取った。



***



「姉さん」
「あら、ユリウスどうしたの?」

無事に家へと帰宅し、馬車を降りてすぐ。ユリウスがリリアンの元へと駆け寄ってきた。焦燥した雰囲気に一体どうしたのだろうと首を捻る。

「どうしたのはこっちの台詞だよ。何で姉さんがウィノスティン公爵と一緒にいたわけ?」
「それは、」

この事を自分の口からユリウスへ話すことになるだなんて。リリアンは一瞬躊躇ったけど、すぐに本来の目的を思い出した。

「公爵様……クロード様とはお付き合いしているの」

それは案外、簡単に言葉にできた。
自分の中で決意が固まったからか、もしくは一人じゃないと思える相手がいるからか、どちらかは分からないけれど。

「付き合ってる……?あの公爵と!?まさか姉さん、弱みでも握られて脅されてるんじゃないよね」
「やだわユリウス、そんなはずないじゃない」

しかし全くの的外れというわけでもないから、リリアンは否定しながらも内心動揺した。

「とにかく!脅されているとかではないから心配しないで。相手は公爵様なのよ?私を脅したところで、何の得もないでしょう?それに考えるなら普通は逆じゃないかしら。どう見ても彼に私は釣り合わないもの」
「そんなことない。言っておくけど、釣り合わないとしたらアイツの方だから」

ユリウスは普段、簡単に人を嫌いになったり悪く言ったりするような性格じゃないのに。まるでクロードを敵だと言わんばかりの態度に、リリアンは疑問を抱く。もしかして二人の間で何かあったりしたのだろうか。
だけどリリアンが尋ねるよりも先に、ユリウスが真剣な顔をして説いてきた。

「脅されてるとかじゃないならいいけど、何かあったらすぐ俺に教えてね。姉さんの為ならいつでも俺がアイツを斬るから安心して」

一体それの何が安心なのか分からない。何でそこまでクロードを敵視しているのかとか、間違っても公爵を斬るのはダメだとか、色々言いたいことがありすぎて追いつかなかった。

「ご歓談中失礼いたします。夕食のご用意ができました」
「そういえば立ちっぱなしだったね。行こう、姉さん」
「……ええ」

結局何も聞くことができないまま、リリアンは差し出してくれるユリウスの手を取った。