辺りはもう闇に包まれていて、赤い光がぼんやりと夜を照らしている。昔母に貰った浴衣を押入れから取り出し、慣れない手つきで着付けてきた。隣を歩く彼も浴衣を着て、いかにも夏祭りという雰囲気を漂わせる。
彼がいうには今日から梅雨が明けるのだそう。
右手にも左手にも出店がづらりと並び、誘惑する。彼は私の知る限りの中で見たことのない楽しそうな顔をしている。嬉しそうに沢山のものを見て周り、そして私の手を引いてまた笑う。コロコロと表情が変わり、印象が毎度違うようだと感じる。それがやはり懐かしさを含んでいる。
「そういえば私、探し物してたの思い出しました」
なんで今まで忘れてたんだろう。そう思うほど急に、押し入れを漁る自分の姿を思い出していた。
「大丈夫、すぐ見つかります」
とても寂しそうな目だった。胸の奥が痛い。そう思うのも束の間で、いつも通りのふんわりとした笑顔に戻り、無言で私の手を引く。掴まれた手首は熱を篭らせているけれど、不思議と不快に思わない。先を行く背中を眺め、淡々と後へ続く途中、彼の向かう先にきらきらと光る何かが売られているのを確認した。
吸い寄せられるようにそれを手に取り、眼の中を照らし出す。
止められないほど、止めようと思うほど溢れてくる涙が頬を濡らした。
自分の声と彼の息遣いだけがはっきりとして、うるさいほどの蝉の声は葉が落ちる音よりも小さく、全ての雑音が私達の一帯から遠のいて行く。
これはまさに、時が止まっているよう。
「...また、会いにきてくれたのね」
「うん、琴ちゃん」
彼はそれ以上、何も語らなかった。