真っ白く大きな雲が夏の気配を含んでいる。久しぶりに澄んだ青い空を見た気がするけれど、梅雨は頑固に粘り続け、透明な水を降り注ぐ。


「そういえば琴葉、あの人と知り合ってから結構立つんだっけ?」


「え?」



ストローをくるくると回して淡々と質問を投げかけてくる友人。

「だから、古書店の彼よ」


「ああ、うん。2週間とかかな」



明るい性格の友人とは正反対に、彼女行きつけのこのカフェは落ち着いていてとても心地が良い。
彼とは余程の用事がない限りは毎日顔を合わせている。それを知っているからこそ、きっと彼女は気になってたまらないのだろう。


「琴葉、あたし午後から彼氏と会うから、もう行くね。あんたもたまには外に出かけなさいよ、古書店だけじゃなくて」



「はいはい。それにしても、夢奈が予定をみっちりしすぎなのよ。スケジュール帳で空白があるところなんて滅多に見ないんだから。たまには休んでね」



そういうと彼女は「わかったわ、お母さん」
とふざけて笑った。





外へ出るとやはり晴れてはいるけれど、ポツポツと雨が降っていた。新品だったビニール傘は既に使い古された傘のように、元の美しさを忘れている。

きらきらと水溜まりが反射して少し眩しい。いつもの灰色の世界よりは、幾分も素敵に思う。こんな時でさえ、彼の事を頭の隅で思っている。



道路の角で蹲る人の姿を横目に見た。頭で理解するよりも早く両の眼は彼の存在を認めている。




「相真くん」




彼は私に驚きもせず、また、振り向きもせずに下を向いている。




「見てください、紫陽花が咲いてますよ。琴葉さんの好きな花です」



「ほんとう、綺麗ですね」



私がしゃがむ暇もなく彼は立ち上がる。いつか紫陽花が好きだという話を覚えていてくれたのだ。今度は紫陽花と私を確認するなり、ゆっくりと歩き出した。その後ろ姿をぼんやりと眺めた。何故か、彼の傘の内側は遠く遠く感じた。

彼は不意に後ろを振り返り、また歩き出す。置いて行かれないように足を早め、彼の隣へ辿り着く。


「外で会うの、珍しいですよね」


「そうですね。僕は少し散歩していました。そしたら紫陽花が咲いていて、貴方が来ました」



彼とは割と仲良くしているし、もうあまり緊張もしていないけれど、いつもの道よりもうんと長く感じる。

誰かの家から聞こえる風鈴の音、水に濡れて輝いている花、ジリジリと暑さを感じさせる虫の声。もう時期雨が上がるのを予見している。



「琴葉さん、よかったら夏祭り一緒に行きませんか」



「はい、行きたいです。あれ、でも今年でしたっけ。去年もやりましたよね」



彼の視線の先には夏祭りのポスターがありありと存在を放っている。確か夏祭りは去年行ったはず。2年に一度の夏祭りを続けてやるのだろうか。


「もしかして、デジャ・ヴじゃないですか?」


「そうなんですかね。最近、こういう事が多いんです。友人からもよく指摘されます」



そういうこともありますよと清々しく宥められる。


彼は、ガラスのような人だと思った。