緊張が嫌な汗に変わると同時に、やはりベタベタと髪が身体にまとわりつく。ふと視線を感じる彼の方へ目をやると、彼は暑さを知らないとでも言うように、髪を靡かせて透明感をまとっていた。同じ場所にいるというのに、この違いはなんなのだろうと少し悲しくなった。



「綺麗な髪ですね」



「そんなことはないですよ。暑くて、今年は切っちゃおうかなって思ってます」



「それは勿体無い。でも、今年は梅雨が長いですから、大変なのもわかります。もう7月も中旬だというのに、一向に去りませんしね」



今年も去年と同じく梅雨が長引いている。確か今年は梅雨が短いと聞いたような気がするけれど、ここ最近の様子を見ても長引いているのは明確だ。



片手には彼が入れてくれたお茶を手に、会話に花を咲かせる。彼と私の共通点は意外にも多くて、何が好きとか、何が嫌いとか、何に興味があるとか。私達は互いにそれを知っていたような気もするし、それは特別であることのようだった。


「そうそう、私、思い出したい言葉があったんです。でも思い出せなくて。誰かから聞いて、ずっと好きだったんです」


何故この話を彼にしたのか、特に理由はなかった。それでも口からポロポロと零れ落ちていく。





「涙は綺麗な雨となって戻ってきます」
 




ズッシリと確実に何かが刺さってゆく。彼は迷いもせずに、曇り空を一瞬で晴らしてしまうような声で言った。




「それ、です。どうしてわかったの?すごい、凄いです」



「僕もこの言葉が大好きなんですよ」




それ以上は何も語らない。永遠に思える時を過ごしていた。

気がつくとガラス扉の向こう側は少しずつ日が陰っている。

空になったグラスをそっとカウンターへ置き、傘を持って立ち上がる。


「また、来ます」


「はい、是非」


風がほのかに夏の匂いを含んでいる。
彼は、暖かい風のような人だと思った。