「な、ななななな、なんで、そのことを知ってるの!?」

 思いきり口に出してしまったあと、ハッと口をおさえた。
 やばい!
 今の発言、ウソを吐いていることを認めたも同然だっ!

「ふふ、大神さんは素直な子だねぇ。いじめがいありそうで嬉しいよ」

 突然、極寒ブリザード地帯に投げ飛ばされたような心地。
 あ、あれぇ?
 おかしいな。
 いま、きれいなお顔から、とんでもなく物騒な言葉が聞こえてきたような気がするんだけど……。

「どうして、キミがウソを吐いていることをボクが知っているのか、分からなくて怖いって顔をしているね」

 天堂くんは、ライオンににらまれて怯える草食動物さながらのわたしに近づくと、その長細い指でわたしのアゴをとらえた。
 ひいいっ!
 か、顔が近いよ!!
 美しすぎる顔が間近にせまって、呼吸も困難!
 カチコチに固まったわたしの耳元に、天堂くんは、そっとささやいた。

「ボクが、キミの彼氏のフリをしてやってもいいよ。ただし、条件があるけれど」
「えっ? ほ、ほんとに!?」

 あれ?
 思ってもみなかった救いの提案!?
 当初の想定とはだいぶ違うけれど、これはこれで大アリじゃない?
 だって、天堂くんがニセの彼氏になってくれるなんて、すっごく心強いじゃん!
 この際、フリでもなんでもいいっ。
 ニセモノでも、いないよりかは、ずっとずっとマシだもん!

「あ、ありがとう! 天堂くんって、やさしいんだね! わたし、なんでもするよっ」
「……やさしい?」
「うん! どうやったのか分からないけど、わたしの事情を知って、助けようとしてくれてるんだもん」

 へらりと笑ったら、彼はわたしから距離をとって、呆れたように息をついた。

「キミって、ほんっっとにバカだね。なんでもかんでも、信じすぎなんだよ」
「え?」
「でも、言質はとったから。もう、取り消せないよ」

 次の瞬間、また、あたりがまばゆく光りはじめた。
 天堂くんとわたしを中心にして、突然、あふれだした光の洪水。
 って、な、な、な、な、なにこれっ!?
 あまりのまぶしさに、ついに、目もあけていられなくなったら。

「我が真の名はキューピット。弓の刻印をもって、大神奈々を、我が召使いに命ずる!」

 ――キューピット!?
 懐かしい憧れの名前に心がドキンと反応して、再び目を見開いたら、突然あらわれた光の洪水はなりをひそめていた。

「契約、無事に交わせたよ」

 ケーヤク?
 まったく状況についていけず、首をかしげるわたしに、天堂くんは天使みたいにやさしい笑顔で、悪魔のような宣言をしたんだ。

「ボクがキミの彼氏のフリをしてあげる条件。キミはボクの召使いとなって、命令をなんでも聞くこと。何でもするって、自分で言ったもんね?」

 もしかして、とんでもない契約をさせられちゃった!?
 でも……それ以上にわたしは、さっきの彼の発言と、次々に巻きおこった不思議な現象の方が気になっていた。
 さっきは、あまりのまぶしさに目をつむってしまったけど。
 天堂くん、たしかに言っていたよね。
『我が真の名はキューピット』って。
 その大切な名前を、このわたしが聞き逃すはずがない。

「天堂くんって……もしかして、本物のキューピットさまなの?」
「うん」
「じゃあ、キューピットさまだから、誰にも言っていないわたしの恋愛事情が分かったってこと!?」
「そーゆーこと」

 彼は、さらりとうなずいた。
 あまりにもあっけなく、当然のことだというように。

「ボクの本当の名前はキューピット。人によっては、エロスと呼ばれることもあるけれどね。理由あって、今は人間界で暮らしてる」

 足が小刻みに震えてきた。
 同時に、今まで起きたすべてのことに納得がいった。
 そっか。
 だから、天堂くんはこんなに美しくて、不思議な力も使えるんだ。
 本物の、正真正銘の神さまだから。
 理解したとたん、瞳の奥から、つるりと涙がこぼれてきた。

「って、はあ? な、なんで、いきなり泣くのさ!」
「ち、ちがうの。あっ、あまりにもあまりにも……嬉しすぎて」

 神さまは本当にいたんだ。
 ママは、ウソつきじゃなかったんだ。
 わたしは今、ずうっと憧れていたキューピットさまと会話をしているんだ!

「うううっ……。お会いできて幸せです、キューピットさま!」

 心が熱く震えて仕方がないの。
 長年の片想いが実ったら、こんな感覚なのかなぁ。
 ううん。
 恋が実った時よりも、きっと、ずーーっと嬉しい!
 ぼろぼろと涙を流すわたしをポカンとして見つめた後、天堂くんは呆れたように笑った。

「キミってほんとにヘンなやつ。調子が狂うよ。もっと、この状況への恐怖とか、驚きとか、絶望はないわけ? ボクは、キミを召使いにしたんだけれど」

 いろいろな感情がこみあげてきているけれど、驚くくらいに、負の感情はわいてこなかった。
 あるとすれば――せっかく出会えたのに、空の上に帰っちゃうんじゃないかという不安。
 急に怖くなってしまって、気がつけば、わたしは天堂くんに抱きついていた。

「ちょ、ちょっと! いきなり抱きつかないでくれる!?」
「だ、だって……。やっとお会いできたんだもの。こうやってしがみついておかないと、消えちゃうんじゃないかって」
「やだって言っても離してあげないし、さっきそーゆー契約したばっかだから! 分かったら離れろバカ、セーフクが涙で汚れるっ!」

 罵倒も気にならないほど嬉しくて、ニコニコしちゃう。
 こうしてわたしは、学園の王子さま天堂くんの重大なひみつを知ることになったんだ。

「おかしいな。想定では、ボクに泣いてひれ伏すキミの顔を見てニヤニヤする予定だったんだけど……」

 首をかしげている彼の発言は多少物騒だけれども気にならない!
 ああ~っ。
 本物のキューピットさまにお仕えできる日がやってくるなんて夢みたい!