「というわけで、大神さん。これからお世話になります」
「きゃあーっ! 私、神時代は、ひそかにキューピットさまのファンだったんですぅ~。うわあぁ、やっぱりお美しい~~」
「ホントですか? 照れるなぁ。でも、これからはしがない居候の身なので、気軽にタメ語を使っていきただきたいです。それと、ルカって呼んでください」
「ええっ、恐れ多い~! でも、キューピットさまご自身がそう望むなら、従うしかないわね」

 ママが、芸能人を前にして骨抜きになったファンの女の子みたいに、くねくねしている……!
 ルカが人間界へと帰還してからは、怒涛の展開だった。
 なんと、我が家にルカが居候することになっちゃったの!

「って、おかしくない!? なんで、ママもすんなり受け入れてるの!?」
「だって~、ルカくんは、お家がなくて困っているんでしょう?」
「そうなんです。ゼウスさまが、ボクの存在を人間界から消した時に、あの家も元から他の人間の家だったことになってしまったみたいで……」

 ルカの泣き真似に、ママは本気で痛ましげな顔をした。

「ああぁ、ルカくんかわいそうっ! 困っているキューピットさまをほうっておくなんて大罪だわ。同じ神界出身のよしみで、いくらでも居候してね。パパも了承してくれたし、あの人が海外にいる間はそのお部屋を使ってくれたらいいわ」

 パパもオッケーしたの!?
 相変わらず、あの人は、ママに激甘なんだから。

「ねえ、ママ。そんなに簡単に決めちゃっていいの? もうすこし、考えてみたら……?」

 ルカが戻ってきてくれたのはすっごく嬉しいけど、いきなり同じ屋根の下で暮らすなんて急すぎるというか、まだ心の準備ができていないというか……!
 ママを見上げたら、ルカはムッとした顔をしてわたしの眉間を指でつついた。

「なに。キミはボクと一緒に暮らすのが嫌なわけ? さっきまでは、みんなの前で抱きついてくるぐらいダイタンだったくせに」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと!」

 なにママの前でバラしてんの!?

「どーせキミのことだから、うっかり脱衣所で鉢合わせハプニングでもあるんじゃないかって心配してんでしょ? 大丈夫、のぞき見なんてしないよ」
「っっ~~! ルカのバカバカ鬼悪魔!!」
「あらあら。二人はとーっても仲が良いのねぇ」

 結局、ルカがわたしのお家に居候することは、決定事項となったのだ。

 あらためて、私の部屋にやってきたルカと、正座で向かいあう。

「今更だけど。お帰りなさい、ルカ」
「ただいま、奈々」

 再会できたことは、心の底から嬉しい。
 いまだに夢の中にいるみたいだ。
 だけど……ちゃんと、確認しておくべきことがあるよね。

「あのっ。……今度は、いつまで人間界にいられるの?」

 また、突然、空が真っ白に光って神界から迎えがやってきたりはしない?
 自然と震えてしまっていたわたしの手に、ルカは、そっと手を重ねた。

「そんなに怯えないで。ゼウスさまと、話をつけてきたから」

 神界に戻ったルカは、ゼウスさまと長い時間をかけて話し合ったそうだ。

「恋の神さまなんて必要ないんじゃないか、って投げやりになっていた時期もあった。だけど、一生懸命に人の恋を応援するキミと、恋が成就してとびきり幸せそうな顔をした鏡見ありさを見ていたら、もう一回、頑張ってみるのも悪くないかもって思えたんだよね。ただし、今度は、人間界で」

 思いがけない言葉に、目がぱちくりとしてしまう。

「人間界で、縁結び活動を続けるの?」
「うん。ゼウスさまは、ちゃんとキューピットとしての仕事を続ける限り、人間界に滞在することをおゆるしくださった。遠い空の上から、よく知りもしない人間のために適当な仕事をするよりも、ここにいた方がずっと良い仕事ができるというボクの意見に賛同してくれたんだ」

 誰もが神を信じる時代は、終わったのかもしれない。
 恋の神さまの力なんて借りずに、自分の力で恋を叶える人もいる。
 でもね、だからといって、自分は要らない存在なんだってヤケになるのは間違ってたってルカは思いなおしたんだって。

「ボクは、ボクを必要としてくれる人のために頑張る。頑張る理由は、それだけで充分だって思えたから」

 そう語るルカの瞳には光がにじんでいて、もう迷っている様子はなかった。
 わたしも、ルカがニコニコしてるのが嬉しくて、笑顔になっちゃう。

「なんで笑うのさ」
「ふふっ。まだまだ一緒にいられるなんて嬉しいなぁって思ったの」

 ルカは青い瞳を丸くして、少し間をあけた後、ボソリとつぶやいたんだ。

「……ボクもだよ。それが、人間界に戻ってきたもう一つの理由だし」

 えっ。
 言われたことが信じられなくて、目をまんまるに見開く。
 今、ルカ……ボクもだよ、って言ったよね?
 聞き間違い、じゃないよね?
 驚いて固まったわたしに、ルカは白い頬をほんのりと朱く染めた。

「……ボクは、金の弓矢で、うっかり自分を突き刺すような凡ミスは間違ってもおかさない」

 そして。
 ポカンと口を半開きにしているわたしを見つめながら、ハッキリと言ったんだ。

「奈々。ボクの恋は、自分の意志でするよ」

 ルカの青い瞳は、見たこともないような熱を帯びていた。
 心臓の音が、足元から脳天まで、ドクドクと駆け抜ける。

「やだって言っても離してあげないから、覚悟して」

 にっこりと自信たっぷりに笑ったルカを見つめながら、思ったんだ。
 ここから、また新たな神話がはじまるんだって!

【完】